先生は果樹、とくにマンゴーを研究されていると伺いました。どのような研究なのでしょうか?
マンゴーを中心に、果樹の開花や果実の成熟について研究しています。現在、大きく分けると2つのテーマがあります。ひとつは、マンゴーの花がどのように咲くのかという「開花のしくみ」。もうひとつは、果実がどのように成熟し、食べごろを迎えるのかという「成熟のしくみ」です。
マンゴーは果実を食べる作物ですが、その前には必ず花が咲きます。つまり、花が咲く時期を調整できれば、収穫時期を広げたり、ずらしたりできる可能性があります。一方で、果実が実った後も、いつ、どのように成熟するのかを理解することが重要です。同じ木になった果実でも、早く収穫できるものと遅く収穫されるものがあり、その違いには植物ホルモンや果実の性質が関わっていると考えられます。そのため、研究ではひとつの方法だけでマンゴーを見ているわけではありません。花を咲かせる遺伝子や植物ホルモンの働き、果実の成熟に関わる物質、果実を傷つけずに硬さを測る音響振動法、品種ごとの特徴まで、いくつもの視点からマンゴーのおいしさと収穫のしくみを調べています。
マンゴーを「どう育てるか」だけでなく、「いつ花が咲くのか」「いつ収穫するのがよいのか」「品種ごとに最適な扱い方は違うのか」を科学的に明らかにしていく研究です。
マンゴーの収穫時期を広げるには、なぜ開花のしくみが重要なのですか?
国産マンゴーが出回る時期は、ある程度限られています。沖縄では、暖房を使わない無加温栽培で7月から8月ごろに収穫されます。一方、宮崎県では暖房を使って栽培時期を早めることで、4月から5月、ちょうど母の日のころに収穫のピークを迎えます。鹿児島などの産地も含めると、国産マンゴーの主なシーズンは4月から8月ごろ。遅い品種では9月ごろまでありますが、年間を通して見ると、国産マンゴーを楽しめる期間は長くありません。
この期間を広げるには、果実ができる前の段階、つまり花が咲く時期を調整する必要があります。マンゴーは、花が咲く前に低温に当たることで、花をつくる準備が進みます。この現象を「花成誘導」と言います。たとえば北海道では、夏の涼しさを利用してマンゴーの花を咲かせ、冬にハウス内を20度ほどに温めて、クリスマスごろに収穫する栽培方法に取り組む生産者の方もいます。外の気温がマイナス10度ほどになる時期にハウスを温めるため、栽培は可能でも、エネルギーコストの面では課題があります。
そこで研究では、気温に頼らず、植物ホルモンや薬品処理、遺伝子の働きを手がかりに、花成誘導を起こせないかを調べています。花が咲くときに働く遺伝子は見つかっていますが、その遺伝子をどのように働かせれば、狙った時期に花を咲かせられるのかは、まだ検証を重ねている段階です。開花のしくみを理解することは、収穫時期を広げるための出発点になります。
日本のマンゴーは、海外のマンゴーと何が違うのでしょうか?
海外では、マンゴーをまだ硬く青い状態で収穫し、その後に追熟させて出荷することが一般的です。完熟してから収穫すると傷みやすく、保存や輸送には向きません。青いバナナを輸入し、流通の過程で黄色く熟させていくのと近い考え方です。一方、日本のマンゴーでは、樹上で完熟させてから収穫する「完熟取り」が大きな価値になっています。その背景には、日本で多く栽培されているアーウィンという品種の特性があります。国産マンゴーの95%以上がアーウィンとされており、この品種は樹上で完熟させてもおいしく食べられる性質を持っています。完熟したアーウィンは自然に落下するため、果実が地面に落ちないようにネットで受け止めます。この状態を「ネットイン」と呼び、自然落下した完熟マンゴーとして価値づけられています。ただし、農家は朝・昼・夕方と1日3回ほど見回る必要があり、手間のかかる栽培方法でもあります。
このように、日本のマンゴーの価値は、品種の特性だけで成立しているわけではありません。樹上で完熟させられる品種、丁寧に収穫する技術、日持ちしにくい果実をすばやく届ける流通の仕組みが組み合わさることで、国産マンゴーならではの品質が支えられています。
果実は、どのように甘く、柔らかくなっていくのでしょうか?
マンゴーの成熟には、エチレンという植物ホルモンが深く関わっています。エチレンはガスの一種で、果実に「そろそろ成熟しなさい」と伝えるシグナルのような役割を持っています。その合図を受け取った細胞では、細胞壁を柔らかくする酵素や、デンプンを糖に変える酵素などが働き始めます。まだ硬く酸味の強い果実が、甘く、柔らかく、食べごろへと変化していくのは、こうした働きによるものです。リンゴ、トマト、バナナのように、エチレンによって追熟が進む果実は「クライマクテリック型果実」と呼ばれます。エチレンには、いったん出始めると、そのエチレンによってさらにエチレン生成が促される「自己触媒的」な性質があります。小さな合図が次の合図を呼び、果実全体に成熟のスイッチが入っていくようなイメージです。
マンゴーの研究で興味深いのは、同じアーウィンという品種でも、果実によって成熟の進み方が異なる可能性があることです。早く収穫できる果実ではエチレンが多く、遅く収穫される果実ではエチレンが少ない傾向が見られています。つまり、収穫時期の違いには、開花した時期だけでなく、果実自身がエチレンをどの程度つくるかも関わっているかもしれません。さらに、エチレンがほとんど検出されない果実でも、ほかの果実と同じように追熟していく場合があります。通常であれば、エチレンが出なければ成熟が遅れる、あるいは進まないと考えられます。しかし実際には、エチレンだけでは説明しきれない現象が起きている可能性があります。そこに、マンゴーの成熟を理解するための新しい手がかりがあります。
成熟の進み具合を調べるにはどんな方法があるんでしょうか?
成熟の研究では、果実の状態を正確に把握することが重要です。これまで果実の硬さを調べる際には、棒を突き刺し、そのときに必要な力を測定する方法が使われてきました。しかし、この方法では果実を傷つけてしまうため、その果実を継続して調べることができません。そこで使っているのが、音響振動法です。果実を傷つけずに硬さを推定する方法で、共鳴周波数を調べることで成熟の進み具合を読み取ります。硬い果実を叩くと高い音がし、成熟が進んで柔らかくなると響き方が変わります。その変化を数値として捉える技術です。測定では、小さな機器を指にはめ、スマートフォンにつなぎます。機器からさまざまな周波数の振動を果実に当て、跳ね返ってくる振動を読み取ります。画面には波形が表示され、どの周波数で共鳴しているのかを確認できます。
木の上で毎日測定していると、成熟が始まるタイミングで共鳴周波数が急に落ちるポイントが見えてきます。そこを過ぎると、あと3日ほどで果実が落下することもあります。音響振動法を使うことで、成熟ステージのそろった果実を選び、エチレンの量や糖度、酸度などをより正確に調べやすくなりました。このように、マンゴーの成熟を調べる研究では、エチレンを測るだけでなく、硬さ、糖度、酸度、色の変化など、複数の情報を組み合わせています。ひとつの数値だけで判断するのではなく、果実の変化を多面的に捉えることで、成熟のしくみに近づいていきます。
品種によって、いちばんよい収穫のタイミングは違うのでしょうか?
日本では、国産マンゴーの多くがアーウィンです。アーウィンは作りやすく、食べやすく、見た目も美しい優れた品種です。ただ、世界には1000種類以上に及ぶ多様なマンゴーがあります。赤いマンゴーだけでなく、黄色いマンゴーも世界的には一般的です。近大農場では、愛紅(あいこう)という品種も作られており、愛紅は父親がアーウィン、母親が台湾の金煌(きんこう)という品種です。大きく見栄えがよく、口当たりもなめらかですが、完熟まで置くと日持ちしにくいという特徴があります。アーウィンのように自然落下まで待つのがよい品種もあれば、愛紅のように完熟の2、3日前に収穫した方がよい品種もあります。つまり、すべてのマンゴーに同じ収穫方法が当てはまるわけではありません。そこで、品種ごとの特性を比較し、それぞれに合った収穫方法を見つけることが重要になります。果実の大きさ、見た目、日持ち、酸味、甘み、口当たり。どの特徴を持つ品種なのかによって、最適な収穫タイミングも変わります。
マンゴーの開花や成熟のしくみを調べることは、単にひとつの品種を詳しく知るためだけではありません。将来的に、アーウィン以外の品種を日本で育てるとき、その品種に合った栽培・収穫方法を考えるための基礎になります。日本でも、味や香り、見た目の異なるさまざまなマンゴーを楽しめるようにすること。それが、この研究の大きな目標のひとつです。
研究の面白さは、どのようなところにありますか?
研究のおもしろさは、予想と違う結果が出たときにあります。予想通りの結果だけでは、そこから大きく広がることはあまりありません。しかし、思ってもみなかった現象に出会うと、新しい問いが生まれます。エチレンが収穫時期に関わっているかもしれないという発見も、最初から狙っていたものではありません。もともとは、樹上で成熟する過程と、収穫後に追熟する過程には違いがあるのではないかと考え、エチレンを測定していました。樹上の果実をビニール袋で2時間ほど密閉し、たまったエチレンを注射器で採取して、ガスクロマトグラフィーで測定する。そうした調査を重ねる中で、収穫時期の異なる果実ではエチレン生成量が違う可能性が見えてきました。
花の咲くしくみを調べる。エチレンを測る。音響振動法で果実の硬さを見る。糖度や酸度を調べる。品種ごとの違いを比べる。マンゴーというひとつの果実に対して、いくつもの方法でアプローチするからこそ、思いがけない現象に出会うことがあります。予想外の結果に出会い、「なぜだろう」と考える。そこから次の実験が生まれ、また新しい問いが生まれていく。その積み重ねが、マンゴーのおいしさや収穫のしくみを少しずつ明らかにしていくのです。