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生物機能科学科

2023/7/21

植物をストレスから守る身近な化合物とは? めざすは食料問題解決への貢献。

先生は植物のストレスについて研究されているそうですが、植物にもストレスがあるんですね。

はい。植物が受ける環境ストレスについて研究しています。動くことができない植物は、実は多くのストレスにさらされています。植物が受けるストレスは、虫やウイルスなどによる生物的ストレスと、高塩、高温、低温、乾燥といった非生物的ストレスに大別できます。本研究室では後者を対象に、ストレスに対抗できる方法について研究を進めています。

佐古先生の写真

環境ストレスの問題点は農作物の収量と質を下げてしまうことです。例えば塩害は世界の灌漑(かんがい)農地の約20%で発生している深刻な問題です。とくに近年は異常気象や気候変動の影響で、世界的に農業被害が拡大しています。安定的な食料生産・供給のために、植物の環境ストレス耐性を強くする技術開発が求められており、よく知られている方法の一つが品種改良です。日本でも冷害に強い稲を開発するなどして乗り切ってきた歴史があるですが、品種改良にはどうしても時間がかかってしまいます。その点、化合物を用いるケミカルプライミングなら品種改良に比べて短期間での開発をめざせます。ケミカルプライミングとは植物に対して事前に化合物を処理することで、植物本来が持つストレス耐性機能を引き出す手段で、人間でいえば予防接種のようなものです。有効な化合物はすでに見つけており、エタノールを添加すると植物のストレス耐性を強化できることがわかっています。

レタスの比較写真
事前にエタノールを処理し、高温ストレスをかけたレタス。左は処理をしなかったもの、右がエタノールを処理したもの。その差が大きく見て取れる。

エタノールって殺菌・消毒でよく使われるものですよね? そんな身近なものが効くとは意外ですが、それは先生が見つけたんですか?

そうです。当時、指導していたベトナム人留学生と研究している際に発見しました。どんな化合物が高塩ストレスに効くのかを探しているとき、化合物を溶かすためにジメチルスルホキシド(DMSO)という溶媒を使っていました。実験に使っていたシロイヌナズナ(植物のモデル生物)はDMSOに対して元気だったのですが、イネの場合、生育が阻害されてしまうことがわかりました。そこで溶媒を変えようということになり、エタノールを使ってみました。すると、化合物を添加していないのに溶媒のエタノールが植物の耐塩性を高めていたんです。最初は「ウソでしょ!?」と言っていたのですが、本当でした。実験の例をあげると、シロイヌナズナに塩化ナトリウムを加えると枯死してしまうのですが、エタノールを処理しておくと高塩ストレス下でも生存できる結果が得られています。液体培養でも土壌生育でも同じ結果です。エタノールはおおむねどの植物にも効き、高塩ストレスのほか、乾燥ストレスや高温ストレスにも効果があります。

図表
シロイヌナズナでの実験。高塩ストレスを加えると白く枯死するのに対し、エタノールを事前に処理したものは塩ストレス下でも生存できることが分かった。

乾燥・高温ストレスにも効くとはすごいですね! どういうメカニズムなんでしょうか?

まだ全容は解明できていませんが、高塩ストレスではエタノールを処理すると活性酸素の蓄積を抑制できることがわかっています。植物はストレスを受けると活性酸素が発生します。活性酸素はシグナル伝達や感染症の防御過程に必要で、適量ならば生命現象において重要な役割を果たす一方、環境ストレスにさらされたときにも発生して、過剰に蓄積すると毒性を持ち、最終的には細胞死を引き起こします。

エタノールが活性酸素を抑えるしくみとしては、エタノールは活性酸素除去酵素の遺伝子発現と活性を増加させるため、活性酸素の蓄積が抑制されます。それが高塩ストレス下でも有害な活性を抑制することにつながっていると考えられます。このように植物は、さまざまな環境ストレスに適応・生存するための耐性メカニズムを本来持っています。植物そのものが備える耐性メカニズムというのも興味深いテーマですので、現在並行して、植物が産生するスベリンという物質に関する研究も行っています。スベリンとは植物の根っこでつくり出されるワックスのような疎水性の物質で、物質輸送のバリアの役割を果たします。スベリンはストレスを受けると伸び、余分なものを中に入れないように働きます。なぜスベリンが伸縮するのかはわかっていませんが、その動きに関係する遺伝子を見つけました。その機構解明に向けて今、取り組んでいるところです。植物は動けない分、内部にとても複雑な仕組みがあり、いろいろな対抗手段を持っています。それを解明したいというのも、この分野を研究する動機の一つです。

佐古先生の写真

それだけエタノールが効くということなら、実用化への期待が高まりますね。

現在、肥料としての実用化をめざして、理化学研究所、化学肥料メーカーさん、本研究室の3者で共同研究を進めています。実用化にはまだ、さまざまな検証が必要です。例えば、エタノールは揮発性であり、野外環境における持続性はどうか。品種ごとに適切な投与回数はどのくらいか。副作用も完全にないとは言い切れません。

とはいえ、エタノールを使うことには多くのメリットがあります。幅広い植物種に利用可能であり、エタノールという一つの化合物で塩害、高温、乾燥など複数の環境ストレス耐性を強化できること。さらには、遺伝子組換えを伴わないこともメリットです。エタノールは殺菌・消毒のほか、食品添加物や燃料としても広く用いられるなど、アルコール類の中でも最も身近に使われる物質の一つです。コスト面でも安価なうえに、人体への影響が少なく、輸送・貯蔵が簡単ですから、実用化に向けての好材料はたくさんあります。ぜひ実用化したいと思っています。

ズバリ、この研究の一番の狙いは何でしょうか?

研究の最終的な目標は、何といっても食料危機の問題に寄与することです。化合物による環境ストレス耐性強化が、実用レベルで可能になれば、農作物の増産と品質の向上に貢献できます。具体的な作物種でいえば、レタス、トマト、イネ、トウモロコシ、小麦、キャッサバにエタノールが効果的であり、これらは多くの国で求められている農作物です。環境ストレスによる農業被害というのは地球規模で起きている大きな問題です。作物を環境ストレスに強くできる肥料が開発できれば、灌漑(かんがい)施設の設置が困難な地域でも収量の増加が期待できます。環境ストレス応答の研究を通して持続的な食料生産技術の発展に貢献していきたいと考えています。

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