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応用生命化学科

2023/7/21

身近でも実は謎の多いきのこ。その子実体形成のメカニズム解明をめざす。

先生はきのこに関する研究をされているそうですが、どんなこと調べているんですか?

「子実体(しじったい)」がどのようなメカニズムで形成されるのかについて研究しています。子実体とは菌が成長して目に見える大きさになった、私たちが普段きのこと呼んでいる傘とひだの部分のことです。子実体はおびただしい数の菌糸からできていて、この姿になってはじめて子孫を残すための胞子をつくることができます。胞子が発芽すると菌糸になり、しばらくすると菌糸体という塊の状態ができます。菌糸の集まりはその後、子実体の赤ちゃんである「原基」という段階に発達します。原基ができれば、あとは水を吸って大きくなり、子実体を形成します。原基まで育てばほぼ子実体になるので、そこまで育てることがきのこ栽培のカギになるのですが、そのメカニズムはかわっていません。原基ができるまでの間、菌糸の中で何が起きているのか。それを遺伝子やタンパク質を調べることで解明しようとしています。

子実体が形成されるまでの流れの図

きのこの栽培キットは普通に買えるし、スーパーに行けばきのこはたくさん売ってますよね、それなのにメカニズムはわかっていないんですか?

ホームセンターやネットなどで扱っている栽培キットは、原基が出た状態で売られているのできのこが育ちます。スーパーなど市場に流通しているきのこは工場やフィールドで人工栽培されているものですが、育てるのがとても難しいのです。子実体形成のメカニズムがわかっていないため経験値で育てるしかなく、現場ではかなり苦労されています。それに種類も限定的です。自然界にはおいしいきのこが実に数多くありますが、人工栽培ができるのはごく一部。だから、非常に限られたきのこしか食卓に並ぶことがないのです。子実体を形成するメカニズムが明らかになれば、きのこ栽培の根幹的な技術を提供できる可能性が高まります。そこをめざしていきたいと考えています。

福田先生の写真

研究はどのような方法で進めていますか?

おもに「トキイロヒラタケ」というきのこを使って実験をしています。スーパーなどでも売っているきのこですが、栽培がとても容易なうえに原基に成長する過程でピンク色(トキ色)を発色しますので、観察に適しています。

トキイロヒラタケの写真
原基形成を経て、子実体を形成したトキイロヒラタケ。

最初は菌糸というカビの状態。次に菌糸の塊ができ、それがさらにピンク色を帯びて原基になるという段階を踏み、研究ではそれぞれの段階における遺伝子をすべて解析しています。同じトキイロヒラタケでも子実体をつくる菌糸とそうでない菌糸があり、その両者を遺伝子レベルで比較します。出る株と出ない株にどんな遺伝子的な違いがあるのか。出る株だけに発現している遺伝子があれば、それが子実体の形成に関係していると考えられます。今現在、因子と思われる遺伝子を100個ほどに絞れてきました。発現している遺伝子は全部で2万個ほどあり、その中で子実体を形成したりしなかったりするわけですが、それらの比較で大きな違いが認められたのが100個ほど。2万分の100ですね。今はその段階で、まだまだ時間が必要です。

さらに、これは本研究室でずっと取り組んできた研究なのですが、プロテアーゼというタンパク質を分解する酵素が子実体形成にかかわっている可能性を調べています。方法としては、プロテアーゼの阻害剤を添加してきのこを培養します。プロテアーゼの働きを止めてやるわけです。そうすると子実体の形成が促されたり、逆に阻止されたりすることが起きます。

プロテアーゼ阻害剤という物質を使うことで、子実体の形成が促されたり阻止されたりという真逆の結果が出るんですか?

はい。プロテアーゼにはいくつかの種類があり、酸性で働くプロテアーゼを阻害剤でストップすると子実体がすごく大きくなるという現象が起きる一方、中性付近で働く金属を含むプロテアーゼを阻害すると子実体ができなくなるという結果が出ています。ということは、金属プロテアーゼが働かないと子実体が形成されないという可能性があります。実際に子実体ができるときは金属プロテアーゼの活性が強くなるとともに、メタロチオネインという金属結合タンパクが盛んに産生されています。原基を形成する直前に、何らかの金属とタンパク質の結合が行われているのかもしれません。しかし、プロテアーゼが本当に子実体の形成にかかわっているかどうかは、まだよくわかりません。今、遺伝子を潰すということができるようになっていますので、プロテアーゼ遺伝子を破壊する、つまり欠損させてみるという手法で子実体形成に関係しているかどうかを調べています。

福田先生の写真

研究の最終的な狙いは子実体形成のメカニズムを解明して、いろんな食用きのこを人工的に栽培しやすくすることでしょうか?

その通りです。そもそもこのテーマに取り組むようになったのは、マツタケの人工栽培が世の中で望まれているということが発端でした。しかし、どれだけいろんな培養法を試しても、一向にマツタケの子実体原基はできません。そこで子実体のメカニズム研究にシフトチェンジするようになりました。マツタケもトリュフも、菌糸ならいくらでも人工的に増やすことはできます。ただ、子実体に移り変わることがコントロールできません。まずは子実体形成のメカニズムを明らかにし、さらにその育成を操作できるところまで持っていきたと考えています。そのためにはまず、子実体の形成にかかわる遺伝子を見つけて、次にその発現が誘導される物質を探す研究が求められます。その物質を与えてやれば、特定の遺伝子が働きだして子実体へと移行する。イメージとしては魔法の霧吹きですね。種なしブドウがジベレリンという植物ホルモンを処理することでできるように、菌糸にシュシュと何らかの物質を添加すると原基、子実体ができるといったコントロール法を確立したいと思っています。

この栽培技術が開発できれば、季節、フィールド、工場に関係なくきのこの製造が可能になり、価格の引き下げにもつながります。マツタケやトリュフなどの高付加価値な食用きのこも、安価かつ安定的に供給できるようになるでしょう。まだ先のことではありますが、それを実現させて社会に役立ちたいという思いで取り組んでいます。

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