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水産学科

2023/1/18

アユに深刻な被害をもたらす冷水病。清流の女王を守る予防技術の開発をめざす。

永田 恵里奈 講師/水族環境学研究室

先生は魚の病気などを研究されているのですね。

はい。メインは魚に病気を引き起こす微生物の研究です。特にターゲットとして取り上げているのが「冷水病」という、日本ではアユが大きな被害を受けている細菌です。この細菌はフラボバクテリウム・サイクロフィラム(Flavobacterium psychrophilum)という学名で、バクテリアの一種です。冷水病は全国的に大きな問題になっていて、この細菌によって天然河川や養殖場でアユが大量に死ぬ事態が起きています。実際に私も天然河川の下流域でその状況を目撃しました。白い石が散乱していたので川岸だと思って近づくと、大量死したアユが川に浮いていたんです。衝撃的な光景でした。冷水病菌は魚の肉を溶かして食べてしまいます。発病した魚は体表面に穴が開いたり、尾ビレやアゴが欠損したりして死に至ります。残念ながら予防法がないのが現状です。

魚を病気にする細菌は一般に、海水魚でも淡水魚でも何でも食べます。ところが冷水病菌は食べ物の好みが明確で、アユならアユだけに感染します。このような性質を「宿主(しゅくしゅ)特異性」と言います。

アユ
冷水病によって死亡したアユ。体表に潰瘍の穴あきが確認できる。

アユがそんな状況にあることは知りませんでした。アユ以外の魚も冷水病になるんですか?

はい。アユ以外ですと海外で以前から問題になっているのは、主にニジマスやギンザケといったサケ科の魚です。あとはコイやフナなどのコイ科の魚類も冷水病になります。冷水病菌は株ごとに感染する魚種が定まっていて、例えばアユから分離した冷水病菌を健康なアユに感染させるとそのアユは発症するのですが、アユから分離した冷水病菌をニジマスに感染させても何も起きません。同じように、ニジマスから取った冷水病菌ではアユは感染しない。この固定的な食べ物の好みが、どのように決まるのかは興味深いところですので、宿主特異性を決定づける因子についても研究しています。

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冷水病という魚病が問題になったのは最近のことですか?

日本で初めて問題になったのは1985年頃で、1987年に冷水病菌が分離されました。世界で最初に報告されたのはその40年ほど前、1946年にアメリカの養殖場でギンザケが発病し、その後ニジマスでも感染が確認されました。当初、冷水病はアメリカだけに見られる魚病だったんですが、40年ほどの時間をかけてフランス、ドイツなどのヨーロッパ、日本を含むアジア、オーストラリア、南米へと拡大していきます。日本ではアユだけなくギンザケやニジマスの冷水病も発生しています。この流れを見るとアメリカから世界に飛び火していったように映りますが、冷水病菌には宿主特異性がありますので、ギンザケやニジマスに感染する株はアユを食べません。では、現在日本のアユに猛威を振るっている冷水病菌はどこから来たのか、実はよくわかっていないんです。

海外の冷水病菌が変異してアユに感染するようになったという可能性はないんですか?

それはよく言われることです。ニジマス型やギンザケ型冷水病菌が何らかの理由でアユに感染するようになったという説ですね。この菌の起源を探るために、私たちの研究室では世界中から冷水病菌を集めて「家系図」を作成しました。それぞれの冷水病菌の遺伝子に蓄積された塩基配列の変化を見ることで系統関係を明らかにし、何と何が親戚関係なのかを探ってみました。家系図を書いてわかったのは、魚病を引き起こす冷水病菌は大きく分けて、「ニジマス型」、「ギンザケ型」、「コイ型」、「アユ型」の4家系があることです。このうちニジマス型とギンザケ型の冷水病菌は、日本と海外で感染が確認されている菌と親戚関係でした。つまり、日本にいるニジマス型とギンザケ型冷水病菌は、海外から持ち込まれたことが証明できました。おそらく輸入の過程で入ってきたんでしょう。では、アユの冷水病菌はどうか? ニジマス型やギンザケ型の冷水病菌とはまったく系統が異なっていて、海外由来のニジマス型やギンザケ型の冷水病菌がアユに感染するようになったという説は、違っていたんです。

冷水病菌の病原性を理解するためには、各国で問題になっている魚種だけを個別に研究していては限界があるので、国際的な比較ゲノム学によるプロジェクトを進めています。私たちの研究室はフランスのグループと共同研究を行っていて、例えばフランスからいろんな病原菌を送ってもらいアユに感染させたり、こちらからも株を送って現地でニジマスに感染させてみたりして、どんな遺伝子があれば感染が成り立つのかをお互いに調査しています。

冷水病菌の系統関係
遺伝系統を調べたところ、アユ型とコイ型冷水病菌の祖先は、ギンザケ型やニジマス型由来ではないことが明らかになった。

では、日本で問題になっているアユの冷水病菌は、起源がまったくわからないんですね。

共通祖先が見つかっているものもあります。アユの家系にも2つの派閥があって、多数派である強毒性の菌と、少数派である弱毒性の菌です。このうち弱いほうの菌が、コイの冷水病菌と共通祖先を持つことが判明しました。この親戚関係は意外な発見でした。ちなみに、日本のコイ冷水病菌と、ドイツのコイ冷水病菌も親戚関係であることがわかりました。ということは、日本で問題になっているアユの冷水病菌の起源はドイツかもしれませんし、日本かもしれない。冷水病が最初に起こったアメリカの可能性もまだ否定できません。

まずは、アユ冷水病菌の起源を解明すること。さらにこの冷水病菌がどんな武器でアユを攻撃しているのかということも調べています。アユは殺すけどニジマスは殺さないのであれば、何があれば死に、何があれば死なないのかという条件があるはずです。これらがわかれば、今のところ有効な手立てがない冷水病菌を克服する方法も見えてくるはずです。

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冷水病は現在予防法がないということですが、治療法もないんでしょうか?

「冷水病」という名が示すように、この菌はある範囲の水温でしか生きられません。水温を上げる加温治療は有効なんですが、設備投資や燃料代の負担を考えると、どの養殖業者さんでもできるわけではありません。また、水温を上げたことで別の魚病が発生するという問題も生じます。投薬治療は可能で、認可されている薬はあります。しかし薬品の場合、いずれは薬剤耐性を持ってしまいます。だから予防という選択肢をつくりたいと思っています。そのためにはワクチンの開発が求められますが、冷水病菌の場合、現状ではそれができません。理由はよくわかっていませんが、宿主特異性があることや病原性が何で決まっているのかが解明されていないことが挙げられます。試験管レベルで成功するケースはあるんですが、実用ベースで安定的な結果を残せるワクチンとなると、うまくいっていません。

私たちが研究しているのは、「プロバイオティクス(善玉菌)」を活用して冷水病を予防する方法です。乳酸菌と同じようにお腹の中で働くプロバイオティクスを用いて、腸活のようなことができないかと考えています。魚の腸内には、ほかにも病原菌が潜んでいることがあって、体調が悪くなったりストレスがかかったりすると菌の動きが活性化します。それも含めて予防につながる善玉菌を探しています。もう一つは魚を外側から包んでしまう善玉菌のバリアをつくる方法です。冷水病菌は外部から侵入します。アユは喧嘩っ早い魚で、近づいてくる他個体をすぐに突きにいきます。その性質を利用したのが友釣りなんですが、突かれた際に体表の粘液が剥がれて、どうやらそこから菌が入り込むようです。なので、外側をバリアで守ることができないか。このような研究を外部の方々と共同で進めています。

プロバイオティクス(善玉菌)を活用した予防技術の開発
善玉菌を活用してアユの体内・体外から守る方法を模索している。

先生がめざすものは、やはり冷水病からアユを守ることなんですね。

そうですね。アユ冷水病の被害は深刻で、漁協さんたちが遊漁者のために一生懸命に育てたアユを放流しても、冷水病でどんどん死んでしまったり、経営的に困ったりしているという現状があります。そのような関係者や現場の疲弊した姿を見ると、早く何とかしなければという気持ちになります。アユは「清流の女王」と言われるほど日本人に愛されている魚。アユが太陽の光を浴びてキラキラ輝きながら遡上していく美しい日本の河川を取り戻したい。そんな思いで研究に取り組んでいます。

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