RESEARCH PICKUP

水産学科

2023/9/08

未利用の水産廃棄物に着目。
廃棄物から生活習慣病に有効な成分を探索する。

先生は水産食品などに関する研究をしているそうですが、今取り組んでおられることを教えてください。

水産物、水産加工物、そして水産廃棄物の中から糖尿病や骨粗しょう症といった生活習慣病の予防に有用な成分を探索しています。現在進めているのが、かまぼこの製造過程で発生する水晒(さら)し液の有効利用をめざす研究です。かまぼこ作りには様々な工程があって、魚の身を水に晒して、不要な水溶性成分や臭みの元になる脂を水で洗い流す作業を行います。このとき水溶性のタンパク質は水に溶け出し、それ以外の残ったタンパク質がかまぼこに加工されます。このプロセスで発生する副産物が水晒し液で、今は用途がなく廃棄されています。水晒し液の中身を文献で調べたところ、この液体中に血糖値の上昇を抑制する化合物が含まれているのではないかと考え、研究に取り組むようになりました。水晒し液はかまぼこメーカーから提供を受けています。

水晒し液の写真
かまぼこ作りの過程で発生する水さらし液。こういった今まで廃棄されてきた副産物の有効利用を模索している。

通常、研究はまず試験管レベルや細胞レベルで実験試料の活性を測定することに始まります。そこで活性が認められれば動物実験に移行するというのが研究の大まかな流れです。動物実験では目的に応じていろんなモデル動物を使います。糖尿病の予防効果を調べる際は、糖尿病モデルマウスに実験試料を餌として食べさせ、実際に予防効果があるかを確かめます。骨粗しょう症の実験の場合は、卵巣を摘出したモデルマウスを使います。あくまで食品という観点での研究なので、マウスに注射して薬品としての効果を見るのではなく、マウスに経口摂取させています。水さらし液を用いた実験では、急な血糖値の上昇を促すために胃の中に直接グルコースを投与します。その際に水晒し液乾燥物も混ぜて、一緒に経口投与することで血糖値の上昇が抑制されるかどうかをみるのですが、実際に血糖値上昇の抑制が確認されています。

先生の写真

水産廃棄物の利用を目的とする研究で、かまぼこの水晒し液以外の実験はありますか?

はい、あります。クロマグロの魚皮に含まれるコラーゲンの効果を調べています。もともと近大マグロを使って何か研究ができないとか思ったのがスタートで、クロマグロの未利用廃棄物である皮由来のコラーゲンが肝機能の保護に有効ではないかと考えています。

まずは試験管レベル、細胞レベルで活性を測り、そこから動物実験に移ります。コラーゲンの動物実験では四塩化炭素という薬剤を投与した肝障害モデルマウスを使います。四塩化炭素を使うとマウスは急性肝機能障害を引き起こすこのですが、そのモデルマウスにあらかじめコラーゲンを食べさせておいて、肝機能障害に対するコラーゲンの作用をみます。このモデルは肝臓の細胞が壊死する強烈なものなのですが、壊死領域が減少すると同時に、肝障害によって肝細胞が壊れると上昇するASTやALTという血中の肝機能マーカーの数値も下がっています。

コラーゲンの写真
抽出されたコラーゲン。

それでは、水晒し液の中のどの成分が効いているのでしょうか?

どの成分が効いているのかという研究は、これから進めていきます。 水晒し液には様々な成分を含んでいると考えていますが、水晒し液乾燥物を酵素で加水分解すると血糖値上昇抑制作用は認められなかったことから、血糖値上昇特性効果の活性本体はタンパク質であると推測しています。そこで、まずはいったん動物レベルから細胞レベルに落として活性本体を調べます。作用物質の検討のためクロマトグラフィーなどの方法を用いて水晒し液のタンパク質を分離し、どのタンパク質が作用しているのかを明らかにします。また、その活性本体のタンパク質が解明された暁には、大腸菌などにそのタンパク質を発現させ、大量に作って、そのタンパク質が本当に活性本体なのかを再び動物レベルで検証します。実験というのはそうスムーズには行かないものですが、そこまでできれば、かなりいい研究になるといえます。

コラーゲンのメカニズムの解析に関しても、まずは試験管や細胞レベルで行い、そこで成果が出れば動物実験に戻すという方法を取ります。コラーゲンはタンパク質なので、アミノ酸や一部はペプチドに分解されて体内に吸収されます。現在は、どのようなアミノ酸やペプチドが肝機能の保護にかかわっているかについて研究を進めています。まずは試験管レベルで抗酸化作用を比較し、どのアミノ酸/ペプチドが効いているのかを確認しています。

ひと口にメカニズムを調べるといっても、絶対的な手法が確立しているわけではありません。これをしていれば大丈夫というような完璧な実験はなく、手探りでいろんな方法を試していく。これが研究の現場です。

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研究を通じて最終的に想定しておられるのは、例えば健康の維持や増進につながる食品開発などでしょうか?

そうですね。最終的には特定保健用食品(トクホ)の開発をめざしていきたいと考えています。ほかに機能性表示食品という分野もあるのですが、科学的に一番根拠を証明しないといけないのがトクホです。申請のためには最終製品によるヒトでの試験を実施し、科学的な根拠を示すことが求められるのですが、科学者としてはやはりそこを目指したいと思います。

今まで単に棄てられてきたものが、人の役に立つようになるのはすごい価値の転換だと思います。

かまぼこの水晒し液にしてもそうですが、さまざまなものが食品加工のプロセスで棄てられている現状あがります。未利用の水産加工廃棄物に目を向け、不要とされてきたものの有効な利用法を開発することは、地球環境保護にも良いことであり、水産業の活性化にもつながると考えられます。それは私自身の研究の動機でもあります。

生命機能の利用に関する研究では、植物や微生物などがよく知られている一方、水産物の機能性はまだあまり研究されていないといえるでしょう。その意味で、まだまだこれからの分野です。この広い海には、非常に大きな可能性が残されているはず。これからも「より安全により健康的に水産食品を食べてほしい」というモットーのもと、研究を進めていきます。

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