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食品栄養学科

2023/9/08

食品由来の成分から、がん予防の可能性を探求する。

増田 誠司 教授/栄養機能学研究室

先生はがんの予防につながる食品成分について研究されているということですね。

食品だけでがんを予防するのは現実的には難しいことですが、罹患しにくくしたり、あるいはかかっても少しでも進行を遅らせたりできる可能性のある食品成分を探索・研究しています。今、日本人の2人に1人ががんを経験し、3人に1人が亡くなっている現状があります。もしがんになっても進行が抑制できれば、健康診断や人間ドックなどで手遅れになる前に発見される可能性が高まります。初期段階なら治療もやりやすくなる。そのようなことにつながる食品成分を見いだそうとしています。がんの予防に効く可能性のある食品由来化合物は、すでにいくつも見つかっており、例えばセロリ、パセリなどに多く含まれているフラボノイド類の化合物や、コーヒーなどに微量含まれている成分もいくつかあります。

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そのようなある種の食品成分を摂ることが、がんの予防につながったり、進行を遅らせたりする可能性があるのはなぜですか?

まず、前段からお話ししましょう。人間は受精卵から増えて、37兆個とも60兆個ともいわれる細胞によって形づくられています。どのように増えるかといえば、遺伝子の本体から仲介役であるmRNA(メッセンジャーRNA)をつくり、その遺伝子情報をもとにタンパク質に変換する。そこから細胞が分裂して増えることで大きくなっていきます。それを維持するのに必要なのが食べ物であり、タンパク質、炭水化物、脂質、あるいはビタミンやミネラルなどが適切に提供されることで我々は細胞を正常に機能させています。体格には個人差があります。それには栄養学的要因もありますが、やはり遺伝子的要素にも強く影響を受けています。

ヒトの遺伝子はすでに20年以上前に配列が解読されています。遺伝子の数としては2万個強ほどですが、当初は意外に少ない数だといわれていました。もともとは10万個ほどではないかと推定されていたからです。なぜ2万個程度で問題ないのか。それにはヒトを含めた高等生物が獲得してきたメカニズムが関係していて、細菌のような原核生物と違って、ヒトは1つの遺伝子から複数のタンパク質をつくり分けています。そこには例えば細胞の膜に対する結合性を持つ場合と持たない場合といった役割の違いもあり、1つの遺伝子に由来する転写産物であっても複数の機能を備えさせることができます。このように1つの遺伝子領域から異なるタンパク質を複数生み出す仕組みは、mRNAの「選択的スプライシング」にあります。このスプライシングを食品成分で調整することで、がんを予防できるかもしれないのです。

用語解説の図表

今、製薬会社ではスプライシングを制御する化合物が、がんの特効薬になるとして盛んに研究を進めています。同じようにスプライシングを調整できるような食品があると考え、探索してきたものの一例が先に挙げたような食品由来の化合物です。実際にある種の食品成分がスプライシングを抑制する働きをすることは明らかになってきており、スプライシングが強制的にストップされると通常細胞も影響を受けますが、増殖中の細胞のほうにより大きな影響を及ぼします。それががん細胞に対してより強く作用するということです。それともう一つ、最近はがん細胞の遺伝子解析が進んでいて、がん患者の一部からスプライシング因子の変異が数多く見つかっています。この場合、細胞に2つある遺伝子のうち、1つは変異のために機能していないため、残りの正常な遺伝子からできるスプライシング因子がフル稼働する負担のかかった状態になるのですが、その状況でスプライシングを阻害すると、がん細胞はうまく増えることができなくなり、死んでしまう。そのようなことが分かってきています。

図表
食品由来の成分でスプライシングを阻害。mRNAの成熟を阻害することにより、がん細胞を細胞死へと誘導できれば、がんの予防や治療に応用できると期待されている。

選択的スプライシングというのは、生物がタンパク質をつくり分けるしくみのことですね。

いえ、これは生物全般ではなく、細胞核を持つ真核生物に備わったしくみで、複雑な生物ほどこれを発達させています。mRNAはまず、遺伝子から転写されたmRNA前駆体をつくります。この段階ではまだ核内にとどまっています。そこにはスプライシングの際に除去され翻訳に使われないイントロンと、mRNAとして核外に出ていくエキソンがあります。イントロンがある状態ではタンパク質がうまく産生できませんので、核の中で取り除かれます。そして必要となるエキソンを順番に連結させることでmRNAをつくり出します。必要となるエキソンが変われば先ほどのmRNAとは異なるmRNAができます。このように1つの遺伝子からエキソンの順番が異なる複数のmRNAを作り出す仕組みが選択的スプライシングと言われます。このしくみによって、ヒトを含む真核生物は遺伝子の数よりも多くのタンパク質を生み出すことができます。

選択的スプライシングの図表
DNAから転写されたmRNA前駆体から、選択的スプライシングというプロセスを経て成熟したmRNAが作り出される。

なぜイントロンとエキソンがあって、使われることのないイントロンが存在するのか。かなり面倒なことをしているわけですが、まだ決定的な証拠がなくよく分かっていません。エキソンの平均長とイントロンの平均長を比較すると、イントロンのほうが圧倒的に長い。つまりmRNA前駆体のほとんどの部分は要らなくなる物質で占めています。

私たちは、紫外線を浴びると遺伝子に変異が入る場合があることはよく知られています。そのほとんどは修復されるのですが、時々修復ミスを起こしたりもしますし、他にも遺伝子を傷つける要因はいろいろとあります。イントロンが存在することの回答の一つとして考えられるのは、スプライシングで必ず除去されるイントロンは、もし変異が入っても大切な領域に及ばないような役割をしている可能性があるということです。いずれにしてもイントロンが存在する理由はまだ明確には証明されていません。

例として挙げていただいたセロリやパセリを摂ることは、がんの予防にどのくらいの効果を発揮するものなんでしょうか?

おそらく効果としてはそれほど強くないでしょう。というのも、薬効が強くなってしまうと食品としては成立しません。化学薬品よりもやさしいイメージのある薬草でも人に対して強く作用する成分が含まれていますので、仮に毎日のように口にすれば体の中でいろんな反応が起きて、いいことばかりというわけにはいかなくなるでしょう。

可食性があるものでも、そこには食品として適切なものと、そうではないものがあります。例えば、深海魚のなかにアブラソコムツという魚があります。全身がトロといわれる魚で、すごくおいしいらしいのですが、非常に脂っこくてたくさん食べるとお腹を壊します。そのため、食材として使ってはダメということになっていて法律で販売が禁止されています。食品成分とその機能性は、成分が純粋になればなるほど効果は強くなるのですが、そうなるともはや食品には向きません。また、質とともに量の問題もあります。我々に不可欠な塩分でも摂り過ぎは高血圧や脳卒中のリスクになると指摘されているように、良い食品を必要な量だけ摂ることが大事になります。そして、自分に合った食事を摂ることも大切です。自分に合ったものというのは、がん、高血圧、高脂血症など、人によって抱えている状況が異なりますので、皆が同じ内容の食事を摂るのではなく、それぞれの症状を改善しやすい食事内容に変えていく必要があるということです。

先述の食品成分については、今はまだ培養した細胞レベルでの成果です。今後動物実験などで実証していくなど、これからも研究の継続が必要です。研究の成果としていずれ、このような食品を摂ることによって、がんになりにくくなる可能性が出てくるのではないか、という提案につなげていければと考えています。

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