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農業生産科学科

2024/9/1

「進化の原動力」トランスポゾン。
転移のメカニズムを解明し、品種改良に役立てる。

築山 拓司 准教授/育種学研究室

先生が所属する育種学研究室では、実際に品種の開発まで行うのでしょうか?

生物の遺伝子的な特性を改良してより有益な品種をつくる、いわゆる育種(品種改良)に関する研究を行っているのですが、研究室で何らかの品種を開発するわけではありません。実際に品種づくりを担っているのは種苗会社(種苗メーカー)や農業試験場といったところです。企業や試験場が効率よく品種改良を行えるように、有用遺伝子の探索やゲノム情報の整備などに取り組む。それが大学に求められている役割です。

育種学研究室では主要な研究対象として、きのこ、イネ、テンナンショウ(サトイモ科の多年草)を扱っており、私は主にイネの研究を行っています。育種では、遺伝的多様性を広げること、すなわちそれぞれが遺伝的に違う性質をもった集団を作ることが重要です。その方法として交雑や放射線の照射などがありますが、私が注目しているのがトランスポゾンです。トランスポゾンとは「動く遺伝子」と呼ばれる、染色体上を自由に飛び回るDNA配列です。

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遺伝子が動く...? トランスポゾンとは一体何ですか?

通常、遺伝子はDNA上での場所が決まっていて動くことはありません。遺伝子はA(アデニン)T(チミン)G(グアニン)C(シトシン)の4つの文字が正しく意味のある情報に並ぶことで機能しているのですが、あるとき何かのきっかけで、元あったところから違う場所に転移してしまうDNA配列があり、それがトランスポゾンです。

トランスポゾンをわかりやすく説明するために、私はよくおとぎ話の「桃太郎」を引用します。正常な遺伝子の並びは「むかしむかしあるところにおじいさんとおばあさんがくらしていました。おじいさんは〜」であり、おとぎ話「桃太郎」として正しく読める情報です。他方、トランスポゾンもDNA配列なので文字情報を持っています。正常な遺伝子に「ももたろうはきびだんごをもって」というトランスポゾンが入ってしまうと「むかしむかしあるところにおじいさんと/ももたろうはきびだんごをもって/おばあさんがくらしていました。おじいさんは〜」とおかしな記述になる。さらにトランスポゾンは出ていくときに周辺の配列も持って飛んでいくことがあり、「さんと/ももたろうはきびだんごをもって/おばあ」の状態でまた別の場所に転移する。そうすると今度は「むかしむかしあるところにおじい/さんがくらしていました。おじいさんは〜」と、おばあさんが消えてしまうなど、内容がぐちゃぐちゃになる。このようにトランスポゾンは、正常な遺伝子に飛び込んだり出ていったりして、遺伝情報を書き換え、遺伝子の働きを壊してしまいます。トランスポゾンは私たち人間も含め、すべての生物内に存在しています。しかしこの「桃太郎」のようなことが起きないように、通常、トランスポゾンはブロックされて動きません。

トランスポゾンの図表
このようにトランスポゾンによって情報が大きく書き換わっていく。

おもしろいですね! では、「桃太郎」のストーリーをズタズタに書き換えてしまうトランスポゾンが、どう育種につながるんでしょうか?

トランスポゾンは負の要因のように思われがちですが、実は植物にとって進化の原動力になる可能性があります。植物はストレスがかかる環境にあっても、その場から動くことはできません。動物なら気候が厳しかったり餌がなかったりしたときは移動でき、そこで新しい集団と交配して新たな遺伝子型を取り込んだ子孫を残すことも可能です。トランスポゾンを発見したバーバラ・マクリントック(1902-1992)という米国の研究者は、その功績で1983年にノーベル生理学・医学賞を受賞しているのですが、彼女は生物が種々のストレスに遭遇した際、抑制が外れてトランスポゾンが動き出すという「ゲノムショック理論」を唱えました。植物は動くことができず、動物のように自由な交配による遺伝的多様性を拡大できない。だからトランスポゾンによる変異拡大が有効だと述べています。トランスポゾンが転移して細胞内の遺伝子が破壊されると、花が咲かなくなったり個体が大きくなったり、次の世代では親とは違った表現型が生まれます。破壊といいましたが、壊れたのか、新しい機能を獲得したのか、これはもう紙一重なんです。そこで私は、トランスポゾンが生み出す突然変異を育種に応用できないかと考えているわけです。

育種においてよく行われるのが、大きいもの、味のいいもの、病気に強いものなどを掛け合わせて優良品種をつくる交雑です。あとはエックス線、ガンマ線といった放射線を照射することで、トランスポゾンと同じく遺伝子を破壊して突然変異を起こさせる方法もあります。手法は何でもいいのです。育種の研究で大事なのは、まずいろんな遺伝子の型をもった集団をつくることです。

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トランスポゾンによって、実際に優良な変異体ができた実例はありますか?

あります。私たちは運良くイネの中で今でも転移しているmPing(エムピン)というトランスポゾンを見つけることができ、それが研究のきっかけになっています。研究室にはコシヒカリの祖先品種にあたる「銀坊主」という品種から、mPingの転移によって生じた突然変異体があります。mPingが粒形を決める遺伝子を壊した結果、粒形が細くなって、かつ実りも悪くなってしまいました。面白いのはその次の世代。非常に実りが良くなって穂軸も太くなるなど、とても優れた形質を示しました。トランスポゾンが飛んで弱々しくなったことでストレスのかかった状態になり、その反動でmPingがバーンと飛び、次の世代で大きく実るようになったと考えられます。実際にわずか1世代でこれだけ変化した実例があるのですから、トランスポゾンをイネの品種改良に利用することで、これまでにない特性をもつ品種が開発できる可能性はあると思います。

とはいえ、トランスポゾンの行き先をコントロールするのは現時点では非常に困難です。ですので、飛ばしたいときに飛ばしたり、止めたいときに止めたりといったオンオフの制御。まずは、それができるようになることをめざしていきたいと考えています。

イネの写真
こちらは「銀坊主」という品種の稲穂(左)。mPingにより変異をした結果、実りの良い稲穂(右)ができあがった。

トランスポゾン以外の研究についても教えてください。

さまざまあるのですが、例えば色のついた米の着色のメカニズムについても研究しています。この分野は古くから研究されていますが、着色に関係する遺伝子の情報はまだ限られています。今現在、良いところまでいっている研究があって、もともと籾(もみ)が茶色だった品種に白い籾の品種をかけ合わせると、孫の世代で黒い籾の品種になるという結果が得られました。なぜ親が茶色と白で、黒い子孫ができるのか。その遺伝子が同定できつつあって、それが今まで報告されてなかった遺伝子のようです。では、着色の研究で何ができるのか。さまざまな展開が考えられますが、例えば赤い籾のコシヒカリをつくれると面白い。赤い色素の元は赤ワインなどに含まれるポリフェノールです。ポリフェノールには抗菌活性がありますので、病気や酸化ストレスに対する耐性が高まったり、今後地球が温暖化していくなかで暑さに強かったりするコシヒカリができるかもしれません。

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あとはイネにおけるキチナーゼの機能も調べています。キチナーゼは甲殻類の殻などの主成分であるキチンを分解する酵素です。甲殻類は脱皮するとき、キチン質の殻を柔らかくするためキチナーゼを必要とします。実は植物もキチナーゼをもっています。それは甲殻類とはまったく違って、病原菌を攻撃するためです。なぜかといえば、カビなどの病原菌の細胞にはキチンが含まれているからです。しかし、イネには12種類ものキチナーゼがあり、病原菌の侵入を防ぐためだけなら1種類でもいいはず。そこで、それぞれの役割について調べてみました。すると、あるキチナーゼを働かなくすると花が早く咲くようになり、別のキチナーゼの機能を抑えると稔性(受粉による種子をつくること)が下がった。つまり、イネのキチナーゼには耐病性以外の機能があるといえる結果になりました。キチナーゼはメジャーな研究対象ですが、耐病性以外の部分に注目したことは意義深かったと思います。

先生は研究のゴールとして、やはり実用化を考えているんでしょうか?

本学では商品開発も盛んに行われていますが、「農学の実学」というのは、そこだけを見るものではありません。今すぐには役立たなくても、何年後かにはその研究を礎に新しい発見につながるかもしれない。その未来に向けた種づくりという意識で研究をしています。難しいかもしれませんが、学生にはそこに挑戦してほしいと伝えています。私は研究分野が幅広いせいか「イネの何を専門に研究していますか?」と尋ねられることがあり、その際は「自分が面白いと思うこと研究しています」と答えています。これからも面白いことを追究しつつ、未来に向けた種づくりに励んでいきたいと思います。

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