RESEARCH PICKUP

農業生産科学科

2023/9/08

農作物のストレスをドローンで診断。
ITやAIの力により、生産管理の簡易化をめざす。

廣岡 義博 准教授/作物学研究室

先生は農場でドローンを飛ばして何かを調べておられるようですね。何を研究されているんですか?

ドローンを利用して農作物の生育状況を調べています。生産管理をより的確に行うための情報収集がねらいで、ドローンを使った広域の計測とともに近距離での非破壊計測も行い、農作物のストレス状況などを診断しています。植物も人間と同じで、きちんと診断してあげないとストレスに侵されてしまうのです。

対象としている農作物はイネやダイズといった主要穀物のほか、野菜なども含めた作物全般。土地利用型農業といわれる広い面積で栽培されている農作物を扱っています。最適な生産管理の指標はイネ、ダイズといった品種ごとにまったく異なります。いろんな農作物に対応させていくには、それぞれの農作物に対する知見も必要になってきます。

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植物にもストレスがあるんですね。どんなことがストレスにつながるんでしょうか?

農作物のストレスは、水や栄養に過不足があったり、日射が強すぎたり少なかったりすることに起因します。ストレスは熱画像で可視化することができ、サーモグラフィーのように赤く示されている部分は熱を持っていてストレスのある状態。温度の低いところはストレスがないと判断ができます。圃場の中では、ブロックごとに植える品種や与える肥料の量・回数などを決めています。そこにドローンを飛ばして群落の画像を押さえ、その部分の熱を測ってストレスの状況を診断するということをしています。ストレスは当然、農作物の生育に悪影響を及ぼしますので、熱を持っている部分は解消してやる必要があります。きちんと介入すればストレスは減ります。とくに栄養ストレスは追肥するとたちどころに状態は良くなります。

水や栄養状態のほかに、密に植え過ぎていることもストレスにつながります。しかし、疎植になり過ぎると土地あたりの生産性が低下してしまいます。土地によってはもっと密植になっても問題ないというケースもあり、そこは個別に評価していくことが必要です。栽植密度を変えたり、異種作物を混植したりする実験も行っていますので、品種ごと、土壌ごとの最適な栽培方法も見いだしていきたいと思っています。

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サーモグラフィーカメラを使って作物郡を撮影することで、どのエリアが熱を持っているかなどが一目でわかる。

研究で蓄積したデータは農作物の量や質の向上に生かされるということでしょうか?

研究目的としては、品質よりは収量がメインです。もともと東南アジアをフィールドに活動していて、今は他の研究者と情報を共有してアフリカの仕事にも取り組んでいます。アジア・アフリカと日本とでは農業の課題が異なり、まだまだ生産性の低い地域ではやはり量が重要です。研究を通じて現地の農家さんに対して、この部分にこんなストレスが生じているという診断方法の提案をめざしています。

上空から撮った画像で緑の割合を見ると、その土地の良し悪しや植物の成長度合いがわかります。生育初期の段階で2回ほど撮影すると、その後の収量が予測できることがわかってきています。その画像をAIのアプリに入れておくと、どのくらいの作物がとれるのか予測できたり、投入すべき肥料の量がわかれば生産管理がより容易になります。農家さんの仕事を一層簡易化できるようなアプリ開発にまでつなげていきたいと考えています。

各国の課題の違いがあるそうですが、日本の農業にはどんな課題があるんでしょうか?

日本ではICTを取り入れたスマート農業や精密農業の進展が期待されていて、この研究がその発展の一助となればという思いで進めています。精密農業というのは、農地や農作物の状態を詳細に観察して、その結果に基づいて次年度の計画を立てる農業管理手法のことです。近年は、すごく晴れが続いたと思ったら今度は降雨が続くといったような気候変動が激しくなっています。そのような極端な気候にも対応できるように情報収集を進め、長期天気予報も活用しながら次年度にはどんな対策が最適かを提案していきたいと思います。

今はそのためにデータをどんどん集めている段階なのですが、難しいのはデータの解析方法の確立です。農作物の生育には非常に複合的な要因があるうえに、最近はゲリラ豪雨に見舞われたり、逆にまったく雨が降らなかったりという気象変動が平気で発生します。だから年によって最適な管理方法が変わってしまい、今年はこの方法で育ったのに来年には適用できないということになってしまう難しさがあります。そのぶん、研究のやりがいが無限にあるともいえるのですが。最終的にめざしていきたいのは、どんなときにでも対応できるモデルの構築です。その時々状況に対応できる汎用性の広い生産管理のモデルを提案するというのが、研究におけるゴールの一つだといえます。

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先生の研究は、農家が培ってきたいわゆる職人的なワザを数値化したりモデル化したりすることでしょうか? そうなると人材不足の解決など、いろんなメリットが出てきそうですね。

そうですね。農家さんがこれまでに培った勘や経験を実際に数値として表していく研究ということもいえると思います。勘や経験を持たない若手人材でも農業に参入しやすいい状況ができれば、農業従事者の高齢化や後継者不足の問題解決にもつながっていきます。スマート農業や精密農業による省力化、省人化が進めば農業のあり方も変わります。例えば、これは私の研究対象ではありませんが、ドローンにプログラムを施せば自動で農薬を撒いたり、肥料をやったりすることも技術的には可能です。このような農業のリモートセンシング化は省力化、省人化だけではなく、適正な量の施肥やピンポイントで必要な場所にのみ肥料を入れることもできるようになり、環境負荷の軽減とコストの削減にも役立ちます。ただし、ドローンを持つことのコストは生じてしまいますが、以前に比べてドローンの機体価格はかなり安くなっていますので、いずれは普及していくのではないでしょうか。

実現したいのはITやAIの力を使って農作物のストレスを診断するなど、より簡易的に生産管理ができるようになる近未来の農業です。アジアやアフリカのように収量の必要な地域にとっては食料問題の解決に寄与し、日本では低コスト化、環境負荷の低減、農家の高齢化や後継者不足などの多様な問題を同時に解決することをめざす。そのような新しい農業を形にするために、今後も研究を続けていきます。

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