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水産学科

2019/8/7

近大マグロから動植物の複合生産まで。次代の食料生産モデルを創造する。

石橋 泰典 教授/水産増殖学研究室

近畿大学といえば、世界初となるクロマグロの完全養殖の成功が有名ですよね。

そうですね。近畿大学が世界で初めてマグロの完全養殖に成功したのは2002年のことです。完全養殖とは、人工ふ化から育てた仔魚が親魚となって産卵し、その卵をもとに再び人工ふ化を行う。人間の手ですべてのライフサイクルをまわすことです。始まりは水産庁の委託を受けた1970年で、最初のトライアルから完全養殖の成功まで実に32年間もの期間を要しています。水産庁のプロジェクトにはさまざまな機関が参画しましたが、成功に至ったのは近畿大学だけでした。

もっとも水産庁の委託はマグロ養殖の研究であり、いきなり完全養殖をめざしたわけではありませんでした。最初の成果は1979年、クロマグロの人工ふ化からの種苗生産に成功します。非常に難しい技術で、これも世界初でした。稚魚を生産できたので、このまま親魚まで育てて次世代をつくる完全養殖——ここまでやってしまおうと考えたのです。すべてを養殖でまかなえれば、天然の稚魚を捕獲する必要がなくなり、減り続ける天然資源の回復につながります。

本州最南端和歌山県串本町大島にある水産研究所でのクロマグロの養殖風景
本州最南端和歌山県串本町大島にある水産研究所でのクロマグロの養殖風景

梅田のグランフロントにあるレストラン「近畿大学水産研究所」で近大マグロを食べました。脂がのって美味しかったです。

近大マグロは生け簀で育てるため、非常に脂がのっていて、全身トロのマグロだとも言われています。好みにもよりますが、脂がよくのっていて美味しいという意見も聞きますね。

近畿大学では他の魚の養殖も研究しているのですか?

もちろん研究しています。養殖の世界で一般的になった「網いけす(小割)式養殖」を開発したのは近畿大学なのです。それまでの湾を仕切っただけのいわば自然の水槽ではなく、底面も側面も網で囲ったいけすを海中に浮かせ、その中で養殖を行う方式です。

1965年にはヒラメで初めて人工ふ化から種苗生産に成功します。それからヘダイ、イシダイ、ブリなど、次々に成功を収める成果をあげてきました。これまでに近畿大学では18もの魚種で種苗生産に成功しており、クロマグロもその一つとなります。皆さんが普段食べている魚も近畿大学が開発した技術を使ったものかもしれませんよ。

近畿大学が世界で初めて人工ふ化から種苗生産に成功した18魚種
魚種
1965 ヒラメ
1967 ヘダイ・イシダイ
1968 ブリ
1969 カンパチ
1970 イシガキダイ・キハダ
1972 ヒラマサ・マルソウダ・ヒラソウダ
1973 ハガツオ・イサキ・シマアジ
1975 シロギス
1979 クロマグロ
1988 クエ
1991 マイワシ
1999 マサバ
網いけす式養殖の様子
網いけす式養殖の様子

近所のスーパーで、近畿大学のマグロも売っているんですか?

そうですね。近畿大学が養殖業者に供給している稚魚を養殖したマグロも、市場にはたくさん流通しているので、もしかしたらスーパーで買っているかもしれませんね。完全養殖の次の課題は大量生産です。日本人が消費する養殖クロマグロの全体量に対して、近畿大学が生産・提供できている稚魚はそのうち20%程度。まだ残りの多くは天然の稚魚を捕獲する必要がありますので、資源の減少に対する懸念は続きます。いずれこれを100%にすることができれば、天然資源は早期に回復していくでしょう。

大量生産は、やはり技術的に難しいのでしょうか?

大量生産の難しさは、クロマグロが非常にデリケートな生き物であり、卵から稚魚になるまでの間、ふ化後10日間のうちに水槽に浮いたり沈んだりして大量死してしまうことです。さらには、しばらくすると共食い、ふ化後30日以降には接触・衝突死が起こるなど、あらゆる過程に困難があります。これらをどう解決してきたか。例えば、クロマグロの飼育水槽の水流を巧みに調節することによって仔魚が沈んで死ぬ現象を防ぐことができました。また、生簀に移した後、クロマグロの稚魚は暗所でものを見る能力が弱いことが衝突死の原因の一つであるのがわかったのです。そこで、水槽や生簀に夜間照明を入れてみたところ衝突が減りました。また、船で輸送中に驚いて衝突死する問題も長く続いていましたが、壁にコントラストの高い格子の模様を描くことで壁を認知させる方法を用いることで、今では死亡率を5%程度にまで著減させました。

クロマグロの稚魚
クロマグロの稚魚はこのサイズまでの飼育がとても難しい。

夜間照明については衝突回避とともに、光にはプランクトンが集まるため、採餌を促す効果もあります。成長が促進されると生産効率も向上します。照射する光の量などをコントロールすることで、より生産効率を上げる研究を実施しているところです。

先生がクロマグロの次に、何を研究しているのかについても教えて頂いてよろしいでしょうか?

ずばり、動植物複合生産です。つまり陸の上で魚と植物を育てる方法を研究しているんです。例えば、アクカカルチャー(魚の養殖)とハイドロポニックス(水耕栽培)を掛け合わせた循環型有機農業のアクアポニックスがその一例で、陸上で魚と植物を一緒に育てる試みです。

陸上で魚を育てるんですか? なぜ海じゃ無くて陸で育てるんでしょうか? 効率が悪そうな気もしますが。

実はそうでもないんです。海での養殖は冬の低水温で成長が停滞したり、自然災害、海洋汚染によって被害を受けたりする場合もあるので、なかなか安定しません。これに対して陸上での養殖は環境が安定しているのがメリットです。ただし、これだとまだコストが高くかかってしまう。そのために魚と植物を一緒に育てることでより効率的に、しかも環境にも優しくしよう、というのが私の研究なのです。

魚は必ず排泄物を出します。魚が排泄するアンモニアはろ過層を通して、硝酸態窒素に変化して植物の栄養分となります。魚が排泄したものを植物が吸収し、その水をもう一度水槽に戻して魚に使う。そうすると廃液を出すことなく、水をきれいに保ちながら植物と動物の両方を収穫できます。つまりは海の生態系のミニチュア版をつくることで、循環を生み出す食料生産のモデルを築く。それを目標に研究を進めています。育てる植物としては海水魚の場合は海ぶどう、アオノリなど。共生する魚の水温など、それぞれの条件に適合する植物を選択します。排泄物を利用しますので、安全性の高い有機栽培で収穫できることになります。

陸上でライフサイクルが展開されているイメージ図
陸上でライフサイクルが展開されている。

組み合わせの例をあげますと、ウナギと空心菜があります。ウナギの飼育水温は27〜28度と高く、このくらいの高水温帯で生育できる植物は限られてくるのですが、その中で利用価値の高い植物として空心菜を選びました。空心菜は水草なので栄養分の吸収に長けています。この組み合わせだと、通常の水耕栽培と変わらないくらいの結果を期待でき、モデルとしても成功しやすいと考えています。

実験中の様子

また、ジェット燃料の材料としても活用できるユーグレナ(ミドリムシ)とウナギを一緒に育てる実験にも取り組んでいます。もともとウナギの養殖場でユーグレナが大量に増殖する問題が起きていました。ならば排水をユーグレナの培地にして、どちらも育ててしまったほうが環境にいい。排水を河川に出すことなくユーグレナの栄養源にすれば、両方とも収穫し出荷できる。そのようなシステムをつくろうとしています。

すごく意外なのですが、実際の海ではない環境で海水魚は育つのでしょうか?

そうですよね。普通はそう思いますよね。たしかに海水魚は海水で育てたほうがうまくいくと思われがちですが、一概にそうはいえません。海水で飼育するよりも、実際の海水より低い塩分の水で飼ったほうがうまくいくことが多いのです。海水の塩分は海水魚の体液の塩分よりも高く、そこに浸透圧が働いて魚は脱水をします。その分海水を飲み込みますので、不要な塩類を放出して調整を図る必要があります。海水魚はそのために20〜30%ものエネルギーを消費します。魚とほぼ同じ塩分の人工海水にしてやれば、そのようなエネルギー消費は不要になり、その一部を成長・生産に回せることがわかってきました。海と同一の環境が必要ないなら、わざわざ海で養殖することもなく、完全に陸上で完結できるはずです。そうなると海を汚すこともなくなると同時に、病原体に感染する心配もなくなる可能性もあります。

石橋 泰典 教授(近畿大学 農学部 水産増殖学研究室)

この動植物複合生産のシステムが完成すれば、将来、非常に重要な食料資源が確保されるでしょう。現在、生産モデルの開発において、魚類だけではなく、エビ、貝など他の水産物と植物の組み合わせも含め、さまざまなケースに挑んでいます。これらを実際の生産モデルとして広げていくことで、環境にやさしい食料生産が拡大していく。そんな社会をめざして、研究開発に励んでいます。