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食品栄養学科

2024/7/31

アレルギーなどを引き起こす要因は? 正しい食事で腸内環境を整える。

伊藤 龍生 教授/病態栄養学研究室

先生は健康の維持・増進と食品の関係について研究されていると聞いています。

そうした食品の三次機能(生体調節機能)のほか、最近では腸内環境とアトピー性皮膚炎やアレルギーとの関係を調べることに力を入れています。腸内環境が悪化するとアトピー性皮膚炎やアレルギーになりやすいことは、すでに私自身が証明しています。腸内環境の改善に効果的なのが乳酸菌です。コンビニなどで販売されているアレルケアという乳酸菌飲料を知っていると思います。あの製品は当初、機能性表示食品ではなかったのですが、カルピス株式会社(東京都)から声をかけていただき、共同研究を行ったところ、このL-92乳酸菌飲料がアレルギーに対して有効であることを実証。機能性表示食品になりました。食品で乳酸菌を豊富に含む事例を挙げますと、滋賀県の郷土料理であるフナ寿司があります。実は滋賀県はアトピー性皮膚炎やアレルギーの人が少ない地域です。そこで、フナ寿司由来の乳酸菌を入手してアレルギー試験を実施すると、実際に抑制効果が認められました。乳酸菌で腸内環境を整えるとアトピー性皮膚炎を良化させたり、肌を潤わせたりすることがわかってきています。

PLUSカルピス 免疫サポートの写真
アサヒ飲料から販売されている「PLUSカルピス 免疫サポート」。先生の研究により、L-92乳酸菌が免疫機能に対して効果的なことを証明した。

腸内細菌としては乳酸菌だけではなく、ビフィズス菌などもありますね。

はい。乳酸菌とビフィズス菌、酪酸菌。これら3つを善玉菌といいます。活動場所が異なっていて、乳酸菌は小腸に、ビフィズス菌と酪酸菌は大腸にすみついています。他方、大腸菌やブドウ球菌などの悪玉菌といわれる腸内細菌もあり、どちらが増えるかで体の状態が変わる。それを腸内環境と呼んでいるのです。

小腸は栄養素の吸収だけではなく免疫を司る役割を果たしていて、大腸はおもに水分の吸収に関係しています。乳酸菌を増やすと免疫が強化され、ビフィズス菌を増やすと水分の含有量が増えて排便がよくなります。大腸は水分を吸収したりしなかったりするのですが、お腹を冷やすと下痢になることがあるのは大腸が水を吸わなくなるからです。逆にお腹を温めると大腸が活性化しますので、水をよく吸収して便が固まり排便がスムーズになる。お風呂や温泉でお腹を温めるのは腸にとってもいいことです。

最近、便秘を治す方法について企業と共同研究を行いました。ペクチンというリンゴに含まれる水溶性の食物繊維を摂取することで排便状況の改善を試みたのですが、ペクチンを4週間にわたって摂ると、1日あたり0.6回くらいだった排便回数が倍の1.2回になるなどの結果が得られました。しかし、なかには効かない人がいます。アトピー性皮膚炎の患者です。この研究で便秘が改善したのは、ビフィズス菌がペクチンを食べて増殖することで腸内環境が良化したからですが、アトピー性皮膚炎の人はそもそもビフィズス菌がほとんどない。そういう人はビフィズス菌そのものを摂るしかありません。

ペクチンケアーの写真
先生が研究を進めているユニテックフーズ株式会社から発売されいている「ペクチンケアー」

ビフィズス菌の多い少ないという、腸内環境の個人差は何が要因なのですか?

腸内細菌はどこから来るのか。実は出産のときに母親から獲得しています。産道を通るときに口から母親の乳酸菌が入って定着するのが最初です。また、母乳にはビフィズス菌が豊富ですから可能な限り母乳で育てることも大切になります。そういう新生児・乳児のときの環境が大人になってからの腸内細菌の元になります。

善玉菌というのは大人になって年齢を重ねると、どうしても減っていきます。その減少を抑えたり、なだらかにしたりする。それが「食事」なのです。そのためにはバランスのとれた食事が基本です。意識的に摂取したいのが野菜や果物。水溶性の食物繊維とともに、難溶性の食物繊維を十分にとると腸内環境は整っていきます。あとはお米、豆腐の味噌汁、おひたしといった和食中心の食生活ですね。豆腐のような大豆製品にはビフィズス菌のエサとなるオリゴ糖が含まれています。肉類もある程度は必要ですが、肉食ばかり続けていると悪玉菌を増やすと同時に、乳酸菌もビフィズス菌も減ってきます。他方、食物繊維さえしっかり摂っていれば大丈夫かといえば、そうとも限りません。食物繊維は腸内の善玉菌を増やすのであって、その種がない状態だと効果がありません。そのような人は、乳酸菌飲料や錠剤などをうまく活用して、まずは種をつくっていくようにします。

ヒトの腸内には1000〜2000種類の細菌がいます。他者との一致率は実に低く、同じなのはわずかにうち100個ほど。それだけ腸内環境というのは一人ひとり多様性があります。その多様性をつくっているのが食事です。野菜中心の人、肉食が多い人など、それぞれの食事に応じた菌が産生されるようになるからです。腸内環境には自分の食習慣がそのまま反映されているのです。

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改めて食事は大事だと思いました。高校生など若い世代にオススメの食べ物があれば教えてください!

ブレインフードというのがあって、ピーナツやトマト、ナスは脳の活性化が期待できます。これらにはアセチルコリンという神経伝達物質が多く含まれていて、勉強や記憶には非常に有効です。だから受験生に勧めたいですね。気持ちを落ち着けたいときは、チーズなどの乳製品を摂るのがいいでしょう。チーズにはセロトニンといって、これも神経伝達物質の一つで精神に働いて心を落ち着かせる作用があります。セロトニンを増やすためにはトリプトファンという必須アミノ酸が必要で、チーズにはこの成分が多く含まれています。さらにチーズの効果をより高めるのはワインなのですが、これは大人になってからということで。

腸内環境というのはアレルギーなどのほか、他の疾患とも関係するということはありますか?

非常に関係があります。私が取り組んだ事例を一つ挙げると「潰瘍性大腸炎に対するビタミンCによる改善効果」という研究を行いました。潰瘍性大腸炎という国の指定難病があって、明確な治療法は確立されていないのですが、これも腸内環境を良くすることで抑えられるのを我々が突き止めました。短鎖脂肪酸という腸内環境にとって大切な物質があります。善玉菌が食物繊維やオリゴ糖などを分解するときに産生する代謝物質で、酢酸、プロピオン酸、酪酸などです。これらはすべて「酸」ですね。つまり腸内は弱酸性に保たれている必要があるのです。我々が行った実験は、潰瘍性大腸炎モデルのラットにビタミンCを注腸投与する試みです。ラットのお尻に酸性物質であるビタミンCを直接入れたわけです。どうなったか。潰瘍性大腸炎に対して抗炎症作用、治療促進効果を示唆する結果がみられました。ビタミンCは口から入れると腸に届く前に吸収されて効きません。そのため腸で溶けるカプセルを企業に開発していただいて、経口摂取でもビタミンCが直接作用するようにしました。しかし残念ながら、薬品としては開発できませんでした。ビタミンCは薬価がとても安く、製薬会社のビジネスにならないという“大人の事情”があったからです。

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企業とのタイアップということでいえば、今進めている別の研究で実現できないかと考えています。研究のテーマは匂いが血糖値に与える影響です。ラットを使った実験で調べた結果、血糖値を引き下げる香りを見いだしました。それは柑橘系の匂いです。血糖値約130mg/dlが正常値になるなど、20%ほど下げる効果を確認しています。しくみとしては、柑橘系の香りをかぐと筋肉への糖の取り込みが増加するのです。これを香水として利用すれば、服を着るだけで血圧を下げることにつながります。血糖値はいろんな病気を引き起こしますので、それを予防するためにも、いずれは企業とタイアップして実用化に結びつけたいと思っています。

食物栄養学科は管理栄養士の養成課程です。腸内環境について学んだことは管理栄養士としてどう生かされますか?

病院での栄養指導の際に、アレルギーを抱えた患者に対して退院後の食事も含めた提案を個別に行えるなど、管理栄養士としての強みにできると考えています。また、大学院に進んで企業の研究開発職をめざす学生も多い研究室なのです。製薬企業、食品企業などでも生かせる知識になるでしょう。この知識を生かしながら、さまざまな場で活躍してほしいと思っています。

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