先生の専門である天然物化学や化学生態学とは、どのような学問ですか?
例えば、モンシロチョウの幼虫はキャベツを食べます。それはモンシロチョウの親がキャベツに含まれる化学物質を感知して、この植物は子供のエサになると判断してキャベツに卵を産み付けるからです。私の研究室では、こうした生物間の相互作用にかかわる化学物質の解明に取り組んでいます。そのメカニズムがわかると応用ができます。農家さんは害虫にキャベツを食べられると困りますので、親虫に卵を産ませないためにはどうするかを考えます。モンシロチョウの親がキャベツに産卵するしくみがわかれば、それを逆手に取って産ませないようにコントロールすることが可能となるわけです。
私が一番興味を持っているのは草です。畑の野菜は虫に食べられているのに、そのへんにある雑草は食べられていません。そこには必ず理由があります。虫が雑草をおいしく感じないといえばそうなのですが、雑草が虫に食べられない理由を物質レベルで解明し、その機能を作物に移植できたら、農薬の量を減らしたり、病気や害虫に強い作物を作出したりすることもできます。このように生物が産生する天然物を使って、病害虫防除や作物保護につながる物質の創出をめざすのもこの学問のめざすところです。

たしかに雑草は強くて、畑の野菜は弱いというイメージがありますね。
農薬なしでもちゃんと育つ作物もあります。私が研究しているキク科のヤーコンはという野菜は、健康食品やお茶として利用されていて、サツマイモのような形をした根の部分に豊富な栄養が含まれています。根っこが育つには葉っぱが必要ですが、ヤーコンの葉はほとんど虫に食べられません。それはヤーコンが今なお原種に近い状態だからです。我々の身近にある野菜や果物は味を良くしたり、育ちやすくしたりするために原種の植物からさまざまに改良された結果、原種が持っていた病害虫抵抗性を失っているケースが多い。だから多くの作物は、人間が農薬などを利用して保護しながら育てることが必要となっています。

ヤーコンと同じキク科の野菜であるレタスも比較的病害虫に対して強いですね。植物は科ごとにある程度持っている成分が決まっていて、キク科の植物の多くの種は害虫から身を守るための毒を持っています。私自身、植物の面白そうな成分を追いかけていくと、結局キク科に落ち着いてしまうんですね。レタスに似た野菜としてキャベツを思い浮かべる人は多いと思いますが、これらはまったく違う科の植物です。キャベツは白菜や大根などと同じアブラナ科で、両者の違いは花でわかります。レタスが咲かせるのは花の後に綿毛が出来る小さな地味な花ですが、キャベツの花は菜の花です。あとは研究室で扱っているものとして、シソ科のパイナップルセージがあります。同じシソ科のローズマリーなどもそうですが、これらは葉っぱの表面に、害虫を忌避する化学物質を溜めておく器官(トリコーム)を持っています。害虫を殺すには至りませんが、食べられないことが目的なので、ここから逃げたいと思わせるだけで十分なのです。
しかし、植物は一部を虫にかじられたとしても、新しい葉っぱが出せる状況であれば命に別状はありません。ヤーコンも決して害虫に食べられないわけではないのですが、毒素を持っているぶん食べられるスピードが遅い。そうこうしているうちに、虫にも天敵がいますので自分が食われてしまいます。植物にとって具合が悪いのは、自分が育つ速度よりも早く食われてしまうこと。丸坊主になって、光合成ができなくなり枯れてしまうことなのです。ですので、生育の速度ということも害虫から身を守ることに関係してきます。

そういう昆虫と植物の関係だけでなく、植物間でも競合することはあるのでしょうか?
あります。松林の下に雑草が少ないのは、影ができて他の植物が光合成しにくいことも一因ですが、実は松葉が出す化学成分が関係しています。雑草が生えようとしても、芽生えが出てきたときに松葉の毒にあたって枯れてしまうということが起きている。その松葉の成分をうまく利用する方法があります。作物を育てる際に株元の地表面をシートなどの資材で覆うことをマルチといいます。松葉をマルチ材として敷いておくと、雑草が生えにくくなって手入れが省力化できます。
このように、自ら分泌する物質で他の植物に影響を及ぼす現象を「アレロパシー」といいます。一時期、日本国内でセイタカアワダチソウがすごい勢いで増えましたが、あれはアレロパシーで広がったと言われています。でもそれは原因の一部でしかないと私は考えています。セイタカアワダチソウは根っこが張る植物で、しかも群落をつくるので数が増える。そうすると他の植物の入り込む隙間がなくなります。要因としてはこちらのほうが強いのではと思っています。セイタカアワダチソウにしてもブタクサにしても、今はかなり減りました。どちらも外来種植物で、日本に入ってきた当初は天敵がいないために広がりましたが、やがて天敵となる昆虫が出現して、その生育拡大が収まっていったようです。同じ植物がずっと増え続けることは難しいのです。
研究の実用化という点では、以前、農学部のパンフレットに先生と企業の共同研究で開発された虫除けスプレーが紹介されていましたね。
天然成分のコパイバというマメ科植物のオイルをベースにした虫よけスプレーを企業と共同で開発しました。残念ながら今はもう販売していませんが、「虫こないDAY 天然系虫よけスプレー」という製品です。現在も、いくつかの企業や研究所と共同研究を進めています。

先生にとって研究の目的は、やはり世の中に役立つ製品開発などにつなげることでしょうか?
企業からの相談に対して提案をしたり、構造決定や試験の依頼に対応したりもしていますが、そうした仕事を研究の延長に位置づけているわけではありません。研究の目的には、世の中に役立ちたいとか、これを知りたいかとか、さまざまあるわけですが、私にとっての研究は端的に言えば“知の探求”です。道を歩いているときに道端の草をみて、「なぜこの草は元気に生きているのか?」という疑問を持ち研究を通じて、「なるほど、そういうことだったのか」と理解する。その喜びですね。そこで得た研究成果が結果として社会に役立つなら、どうぞお使いくださいというスタンスです。むしろ社会貢献ということでいえば、学生を社会で役立つ人材として育てることが一番大切だと思っています。
私自身、学生時代にこの学問に触れ、自然現象を化学の視点で説明できることに面白さを感じていました。今もそれは変わっていません。子供の頃から植物が好きで、「植物は友達」と本当に思っています。友達のことをもっと知りたい。研究を続けていくうえで、この動機が変わることはありません。
