RESEARCH PICKUP

応用生命化学科

2020/10/25

なぜ人は病気になるのか。腹部大動脈瘤の原因に迫る。

財満 信宏 教授/応用細胞生物学研究室

先生は血管の病気について研究されているそうですね。

私がずっと興味を持っている根本のテーマは、“なぜ人は病気になるのか”ということです。病気と深く関係しているのが、臓器に栄養素や酸素を送る働きをしている血管です。血管の機能や構造が失われていくと致死的な疾患になる可能性が高くなります。血管はちくわのような丸い形をしていますが、この形が損なわれるだけで、重大な病気になるケースが多々あります。

血管の病気でよく知られているのは動脈硬化ですね。これが心臓で起きると心筋梗塞、脳で起きると脳梗塞の原因となります。動脈硬化は血管が内側に異常成長してしまうことで、血液が通れなくなってしまう疾患です。反対に動脈が異常に膨らんでしまい、自身の拡張に耐えきれずに破裂してしまう、これが今回お話しする「大動脈瘤(りゅう)」です。有名なところでは、司馬遼太郎やアルベルト・アインシュタインが腹部大動脈瘤で亡くなっています。米国では年間20万人くらいの人がこの病気にかかっています。日本人の正確な患者数は調査されていませんが、60歳以上の方の1〜3%が罹患しているという報告があります。

なぜ血管が膨らんで破裂してしまうのか、実はまだよくわかっていません。現状では治療薬も存在しません。外科手術という方法はありますが、初期の段階ではリスクのほうが大きく、手術より破裂のリスクが高くなってからようやく手術ができるという、実に厄介な病気です。

私の研究では、大動脈瘤にかかった人の血管をずっと観察して、血管のどこに異常があるのかを突き止めることができました。それは、血管の中の血管にあったのです。

血管の中にさらに血管があるんですか?

はい。「栄養血管」といいます。血管も生きた細胞で構成されていますので、当然酸素や栄養素を必要とします。大動脈のような太い血管には、血管壁という分厚い壁があって、その隅々の細胞にまで酸素、栄養素を供給することができるのは、血管壁に栄養血管が張り巡らされているためです。健常者の栄養血管はきれいな環状構造をしており、そこから酸素と栄養素が十分に行き渡ります。しかし、腹部大動脈瘤の患者さんの栄養血管は閉塞状態になっていて、酸素、栄養素の供給が滞ると推測されました。これはこれで発見なのですが、ここで気になったのがこの発見が腹部大動脈瘤の発症と関係するのか、ということです。

ヒト組織の観察だけでは、栄養血管の狭窄が「大動脈瘤を引き起こす原因」なのか、「大動脈瘤になった結果生じただけ」なのかの結論を出すことができない。そこで、狭窄と大動脈瘤との関係を調べるため、ヒトで観察された栄養血管狭窄の状態を再現したモデル動物をつくりました。カテーテルなどを使い、血管壁の循環不全(酸素や栄養素が供給されなくなった状態)を誘導したラットの動物モデルです。1カ月ほどその状態で飼育するとヒト腹部大動脈瘤と同じ、血管の拡張が観察されました。

しかし、それだけでは単に肥大化しているだけなのか、動脈瘤ができたのかは判断できません。そこでヒト腹部大動脈瘤の診断に使う病理染色をしてみると、重要なチェック項目が全部埋まり、動脈瘤と判断できる状況になりました。ですので、血管が拡張する最初の段階で血管中における栄養血管の狭窄が生じて、それによる血管壁の低酸素および低栄養が腹部大動脈瘤形成の原因だと言える結果は得られました。しかし、そこでまた疑問が生まれました。では、なぜ血管は破裂するのかということです。

肥大化して堪えきれずに、パチンと弾けるということでは?

普通に考えるとそうですね。でも瘤が小さくても破裂することはあるし、逆に大きくても破裂しない場合もあるんです。拡張と破裂の関係がわからなかったので、破裂に至る出口がどうなっているのかを次の研究テーマにしました。腹部大動脈瘤の破裂を研究するためのよいモデルはあまり存在しないのですが、我々が作ったモデル動物は、腹部大動脈瘤破裂も再現できるものでした。なので、破裂するまでの成り立ちを観察していけば、原因を押さえられるだろうと考えました。しかし、基礎研究を進めるための問題がありまして、破裂するのが12.5%くらいと少々低い。どうにか破裂率を引き上げたいと考えました。このテーマを達成する際に、重要な手掛かりとなったのが、「患者の血管内で中性脂肪が異常蓄積している」という発見です。

血管というのは内膜、中膜、外膜の3層構造になっていて、ヒト腹部大動脈瘤においては外膜の部分に中性脂肪が異常に蓄積しているということがわかりました。私はこれまでに動脈硬化など、他の血管疾患もたくさん解析してきましたが、これは腹部大動脈瘤で初めて観察する病態でした。なぜそんな異常が生じているのか、発見当初は意味がわかりませんでした。そこでモデル動物に中性脂肪を多く含む高脂肪食を与えることを試みると、破裂率が4倍になりました。半分が破裂する状況になったことで研究が進みました。直感的には、高脂肪食は腹部大動脈瘤に悪影響を与えると予想はしていたのですが、破裂した血管でいったい何が起こるのかまでは想像できませんでした。半分は破裂する。半分は破裂しない。そこで、拡張して破裂する動物と拡張しても破裂しなかった動物との比較研究を行いました。最も大きく違っていたのは、破裂したほうに丸くて白い細胞が血管の中に多く出現したことでした。「脂肪細胞」というものです。本来、脂肪細胞はお腹の周りで栄養を溜め込む細胞であって、こんな場所には出てこないはずです。しかし破裂する血管壁には脂肪細胞がたくさん現れている。しかも脂肪細胞は中性脂肪を溜め込む細胞なので、研究開始当初にヒト腹部大動脈瘤組織で発見した「外膜での中性脂肪の異常蓄積」とも一致します。

大動脈の断面図
大動脈の断面図。3層からなり、外膜部分を中心に栄養血管が走っている。

血管が血圧に耐えるためには、バネのような力強さとしなやかさの両方が必要です。それを支えているのが血管の中にある2種類の線維です。一つは弾性線維でエラスチンと呼ばれるもの。これがバネ状になっています。もう一つは膠原線維で主成分はコラーゲン。これが力学的な強さをつくります。この2種類の線維が正常に機能することで血圧に耐えることができます。ところが脂肪細胞ができた血管は、本来線維があるべき場所に脂肪細胞が入り込んでいるので、血管の強度を保つ線維が破壊され、脆弱化しているのではないかと考えました。脂肪細胞が出現することでヒト血管の力学的強度が本当に低下するかどうかまでは私たちの実験装置では測定することができませんでしたが、この仮説を提唱したところ、オーストリアの研究者グループが論文を発表して間違っていないことを証明してくれました。

ということは、破裂の原因は脂肪細胞ですか?

おそらくそうです。ヒトの破裂のすべてが脂肪細胞で説明できるかどうかまではわかりませんが、ほぼすべての患者組織で脂肪細胞の異常出現は観察されます。脂肪細胞には一つの使命がありまして、生まれたからには大きくならないといけないのです。だから成長したい。血管内で脂肪細胞が成長するのに邪魔な存在がコラーゲンです。そこで脂肪細胞は、まず自分が育ちやすい環境を整備することを考えます。そのために脂肪細胞は線維を溶かす「マトリックスメタロプロテアーゼ(MMPs)」という酵素を出していることがわかってきました。さらに脂肪細胞だけでは線維を溶かす力がまだ弱いので、助っ人を呼ぶんですね。「マクロファージ」という炎症を招く白血球の一種です。この協力者によって線維の溶解が促進され、脂肪細胞はどんどん大きくなっていけるのです。ただ、その反面、脂肪細胞でいっぱいになった血管は脆弱化していきます。この論文発表後、オランダの研究グループがヒト組織を使った解析を行い、“腹部大動脈瘤の破裂において脂肪細胞が重要な役割を担う”という論文を出してくれました。この論文で、彼らは脂肪細胞の異常出現を「overlooked contributor(見落とされてきた原因)」と表現しています。

さて、次に気になったのは、この脂肪細胞は一体どこからやって来たのかということです。お腹周りの脂肪が突然腕に移動することがないように、脂肪細胞は生まれた場所で大きくなります。通常の血管にはいないはずの彼らは、一体どこからやって来たのか。

腹部大動脈などの大血管は、実は周囲が脂肪細胞で覆われています。これを「血管周囲脂肪組織」といいます。血管を覆っているので距離は近いのですが、血管周囲脂肪組織の中の脂肪細胞も動くことはできません。ただ、血管周囲脂肪組織の中には「幹細胞」という動ける細胞があります。幹細胞は様々な細胞に分化する能力を持っています。なぜこんな性質を持つ細胞がこの場所にあるかと言えば、血管は一度できればそのままではなく、傷がつくこともあるため、それを修復することが頻繁に行われています。その際に幹細胞が働き、傷ついた血管を元通りにするために必要な細胞に分化するのです。大動脈瘤になると栄養血管が狭窄して酸素や栄養素が不足します。この異常事態を終息させるためにやってきた幹細胞が、栄養を溜め込まないといけないと勘違いして、脂肪細胞の赤ちゃんとなって育っていく。これはまだ仮説の段階で、誰にも検証されていない状態ですが、組織で観察される現象からはそういうことが起こっているのではないかと推測しています。この内容については、2019年に論文で発表しました。

栄養血管の栄養不足が原因で幹細胞が判断を間違い、栄養をため込むべく脂肪細胞に分化。結果として不必要な箇所に脂肪細胞ができてしまう。

そこまでわかると、予防・治療法もみえてくるのではないですか?

そうですね。次に考えていきたいのはその点です。この研究で予防や治療のターゲット候補がいくつか出ています。薬に関しては非常に有効な成分を見つけ、すでに国際特許を申請しています。それがうまくいけば治療薬の開発につながるかもしれません。しかし薬品開発には、何もかもがスムーズに運んでも10年を要します。腹部大動脈瘤の患者さんは10年も待てませんので、今は食生活と腹部大動脈瘤の関係について調べています。腹部大動脈瘤を促進するものや抑制するものがわかれば、食生活の参考になります。

高脂肪食はまさに促進する側です。脂肪細胞が成長して血管壁が脆弱化するリスクが高いと考えられるので、腹部大動脈瘤の方はなるべく避けたほうが良いのではないかと思います。しかし脂肪がすべてダメかと言えば、そうでもありません。室温にある豚の角煮を思い浮かべてください。脂が浮き上がってくるでしょう。あれば室温で脂分が固まってしまうからです。避けるのはこの脂です。一方、一晩置いても固まらない魚の油。これは脂肪細胞を育てず、破壊のリスクを高めません。だから魚の油なら摂ってもいいと思われます。甘いものも避けたほうが良い可能性が高いと考えていたのですが、意外にも動物レベルでは、腹部大動脈瘤には影響しないことがわかりました。体重は増えますが、血管の脂肪細胞への影響は見られませんでした。同じカロリーを摂取するなら脂分ではなく、炭水化物や甘いもので摂る方が良いかもしれません。これらはまだ動物レベルのことですが、同時に患者さんに対する食事調査も実施していて、実験と矛盾しない結果が出ています。ほかにもさまざまな食品成分の効果を調べて、腹部大動脈瘤を予防しうる成分の発見を目指しています。ハードルは低くないとは思いますが、まずは腹部大動脈瘤の予防や症状の緩和につながる食生活の設計をめざしたいと思います。

財満 信宏 教授(近畿大学 農学部 応用細胞生物学研究室)