RESEARCH PICKUP

食品栄養学科

2026/8/24

すべてのがんが治る未来を目指して。転移の鍵をアイソフォームから探る。

佐久間 圭一朗 教授/生体機能学研究室

先生は医師としてのご経験がおありなんですね。現在の研究には、どのようにつながっているのでしょうか?

私はもともと内科の医師として、肺がんの患者さんを主に診ていました。内科に来られる患者さんの多くは、すでに手術が難しい状態です。がんは、手術で取り切れるかどうかが治療の大きな分かれ目になります。手術ができない場合は抗がん剤治療が中心になりますが、薬だけで根治に至ることは、現状ではまだ非常に難しいのです。わかりやすく言えば、当時私が診ていた患者さんの多くは、助けることができませんでした。今ある治療法の中で最善を尽くし、少しでも長く生きてもらうことも、医師として大切な使命です。しかし、そうした経験を何年も重ねるうちに、治療法そのものを根本から進歩させなければ、救える患者さんは増やせないのではないかと考えるようになりました。

私は、すべてのがんが治ることを目指して研究を続けています。それは、夢物語に近い目標かもしれません。それでも、がんの転移や浸潤の仕組みを分子レベルで明らかにし、将来的に新しい治療法につなげることができれば、救える患者さんを1人でも増やせるかもしれない。そこに、今の研究の大きな意味があります。

先生の写真

医師から研究者へ進む中で、どのような転機があったのでしょうか?

大学卒業後は、大学病院で1年間研修医として勤務し、その後、福井赤十字病院を経て、2001年4月から2005年3月までの4年間、大学院で研究に取り組みました。そこで初めて本格的に研究に携わり、学位を取得しました。それまでは、薬を開発してみたいという思いも漠然としたものでしたが、研究を学ぶ中で、より具体的な方向性が見えてきました。

2005年から2007年までは内科医員として勤務し、その後、2007年から愛知県がんセンター研究所に移りました。愛知県がんセンターは、病院と研究所が併設された施設です。一般的に「がんセンター」と聞くと病院を思い浮かべる方が多いかもしれませんが、私は病院ではなく研究所に所属し、臨床から離れて研究に打ち込みました。そこから約15年間、がん研究に集中する時間を過ごしました。臨床の現場で患者さんを診ることから、がんの仕組みそのものを明らかにする研究へ。2007年は、私にとって大きな分岐点だったと思います。2022年からは近畿大学で自分の研究室を持ち、これまで積み重ねてきたがん研究を続けています。

食品栄養学科では、医師としての知見をどのように生かされているんですか?

食品栄養学科は管理栄養士養成課程ですので、医学的な知識を学ぶ科目が多くあります。そのため、医師を1名以上置く必要があり、私はその役割も担っています。たとえば国家試験には、「人体の構造と機能及び疾病の成り立ち」という出題分野があります。この分野からは、毎年およそ30問近く出題されます。私は、この分野に関わるいくつかの科目を担当し、解剖生理学や疾患学の教科書を使いながら、人体とさまざまな病気について教えています。

研究としてはがんの転移メカニズムの解明に取り組み、教育としては、医師としての知識と経験を生かして、病気の成り立ちを学生に伝えています。食品栄養学科の学びと、私自身の専門であるがん研究は、一見すると距離があるように見えるかもしれません。しかし、研究を通して人の体や疾患を深く理解することは管理栄養士として働くにあたって極めて大事なことです。

先生の写真

先生が今取り組まれている具体的な研究内容について教えてください。

私が現在、注目しているのが「アイソフォーム」です。人の体の中には、タンパクが大体2万種類ほどあると言われています。同一の遺伝子から作られるタンパクであっても、形や働きが少しずつ異なるものがあります。このように、同じ仲間でありながら構造や機能に違いを持つものを、この世界ではアイソフォームと呼びます。

では、なぜ同じ遺伝子から違う形のタンパクが生まれるのか。そこには、スプライシングという仕組みが大きく関わっています。遺伝子にはエクソンとイントロンがあり、mRNA(メッセンジャーRNA)が作られる過程で、イントロンはすべて取り除かれます。一方で、エクソンはすべて使われることもあれば、一部が省かれることもあります。この選び方の違いによって、さまざまなメッセンジャーRNAができ、さらにそこから少しずつ異なるタンパクが作られます。つまり、もとの遺伝子は同じでも、途中でどのエクソンを残すかによって、最終的にできあがるタンパクの形や働きが変わるのです。メッセンジャーRNA側の多様な集団をバリアント、タンパク側の多様な集団をアイソフォームと呼びます。

アイソフォームの説明図
このように「選択的スプライシング」によって形成され、機能や役割の多様性(組織特異性など)が生み出される。

アイソフォームのどういったところに着目されているんでしょうか。

その中で特に注目しているのは、「p120-カテニン」というタンパクです。p120-カテニンには、32種類ものアイソフォームがあることが以前から知られています。これは他の分子のそれと比べてもかなり多い数です。しかし、それぞれが何のために存在し、どのような機能を分担しているのかは、まだほとんど分かっていません。アイソフォームのおもしろいところは、同じ遺伝子に由来していても、機能が大きく異なる場合があることです。場合によっては、真逆の働きをすることさえあります。p120-カテニンという同じ名前を持つタンパクの中で、どのアイソフォームが、どのような場面で、どんな役割を果たしているのか。そこを明らかにしようとしています。

p120-カテニンに注目したのは、愛知県がんセンターでの研究の中で、このタンパクががんの転移に大きく関わっていそうだという手応えを得たからです。その研究をさらに突き詰めていく中で、どうやらアイソフォームの違いが重要なのではないかと考えるようになりました。

その中でも、「3AB」と「3A」という2つのアイソフォームに着目しています。この2つは、状況に応じて互いに変化する性質を持っており、悪性度の高いがんにおいて悪さをしているのは、どうやら3Aではないかというところまで突き止めました。がん細胞が転移する能力を獲得するときに、3ABが減り、3Aが増える。この変化が、転移の仕組みを理解する上で重要な鍵になるのではないかと考えています。

先生の写真

具体的には、がんが転移するとき、細胞の中では何が起きているのですか?

がん細胞が転移するには、細胞自体が移動する必要があります。毒のようなものが体内に巡るというより、細胞そのものが元の場所から離れ、別の臓器などに移動して、そこで新しい病巣を作るのです。

がん細胞は、上皮細胞から発生します。上皮細胞とは、消化管の粘膜など、体の表面や内側をシート状に覆っている細胞です。はじめは元の細胞の性質をある程度保ちながら増えていきますが、さらに悪性化して転移する段階では、形が大きく変わります。細胞が細長く伸び、線維芽細胞のような形になり、動きやすくなるのです。この変化を「上皮間葉転換」と呼びます。この上皮間葉転換が起こるときに、p120-カテニンの3ABが減り、3Aが増えることを私は見つけました。ただし、これは多くの細胞をまとめて解析したときに見える変化です。実際には、その中のごく一部の悪性度の高い細胞で、よりダイナミックな変化が起きている可能性があります。

手術でがんを取り切ったように見えても、その後5年ほど通院して再発を確認することがあります。これは、手術の時点ではCTなどの精密検査にも写らない、細胞数個レベルの小さな転移がすでに存在している場合があるからです。数年後、それが大きくなって見えてきたときに、初めて転移していたことが分かる。だからこそ、転移の仕組みを細胞レベルで理解することがとても重要なのです。

細胞変容のフロー
規則正しく並んだ上皮細胞がその性質を失い、移動や浸潤のしやすい間葉系細胞の性質を獲得し、結果、がんの転移が引き起こされる。

アイソフォーム 3Aは、がん細胞のどこで働いているんですか?

3Aが特に興味深いのは、その居場所です。3ABは細胞の中に比較的広く存在していますが、3Aは、がん細胞がこれから進んでいこうとする先端部分に集まることが分かってきました。この先端部分を、研究の分野では「リーディングエッジ」と呼びます。細胞が移動しようとする前方に3Aが集まるということは、転移に関わる何らかの働きをしているのではないかと考えられます。さらに、3Aは細胞の核の中にも一部存在しています。核は遺伝子がある場所ですから、3Aが核の中で遺伝子に作用し、細胞の性質を変える信号に関わっている可能性もあります。

リーディングエッジに集まっている3Aの様子
蛍光顕微鏡で観察した線維芽細胞の様子。3Aがリーディングエッジに集まっているのがはっきりと見て取れる。

現在の研究は、大腸がん細胞を対象にしています。大腸がん細胞は通常、3ABと3Aの両方を持っていますが、その比率は細胞によって異なります。そこで、まず市販の細胞株を使い、p120-カテニンを一度完全にノックアウトして、3ABも3Aもない状態を作ります。そのうえで、3ABだけ、あるいは3Aだけを強制発現させ、それぞれの細胞の性質を比較します。ノックアウトは「なくす」操作、強制発現は「無理やり作らせる」操作です。この2つを使って、3ABと3Aの違いを見ています。

この研究は、将来的にどのような治療につながる可能性があるのでしょうか?

最終的には、がんの転移を抑える治療につながってほしいと考えています。ただし、病態を解明することと、実際の治療に応用することは、少しステージが違います。病気の仕組みが分かっても、それをどのように薬にするかで行き詰まることは少なくありません。

実は、先程の3ABと3Aはほとんど同じタンパクです。違いは、エクソンBがあるかないか。エクソンBはアミノ酸で言うと23個分で、全体の長さから見ると2〜3%ほどの違いです。けれども、そのわずかな違いによって、細胞の中での居場所や性質に大きな差が生じている可能性があります。薬剤標的として考えると、この2〜3%ほどの違いだけを狙う薬剤が作れるのか、さらに正常な細胞において3Aが重要な役割を持っていないのかを確かめる必要があります。正常な細胞にも大切な働きがあるなら、そこを阻害してしまうリスクがあるからです。

私は、がんという誰もが知り、誰もが恐れる疾患に対して、これまでにない新しい治療法を提案できるかもしれないところに大きなやりがいを感じています。簡単な話ではありません。もし簡単に解決できることであれば、世界中の名だたる研究者の誰かが、すでに解決していたはずです。それでも、医師として患者さんを診てきた経験と、研究者として積み重ねてきた時間を糧に、今、自分自身の研究の集大成として、このテーマに向き合っています。

先生の写真