RESEARCH PICKUP

応用生命化学科

2026/8/24

自然界の設計図を読み解き、まだ見ぬ分子を組み上げる。

山下 光明 教授/生命資源化学研究室

先生のご専門についてお聞かせください。具体的にはどのような研究をされているのでしょうか?

私が取り組んでいるのは、天然由来の生理活性成分の探索と、その化学合成です。生理活性成分というのは、植物やカビなどの代謝物の中に含まれている、生物に対して何らかの作用を示す物質のこと。たとえば抗がんや抗炎症といった、医薬への応用が期待できる成分が、自然界の生き物の中に確かに存在しています。

私自身は植物の成分だけでなく、カビの代謝物のような、植物以外の生物が作り出す成分にも注目しています。同じ研究室の飯田先生はタヒボという植物の有用成分を専門にされており、私は化学合成を専門に、お互いに連携しながら研究を進めています。

研究の柱はふたつあります。ひとつは、見出された有用成分を、ありふれた市販試薬から人工的に組み上げる「合成ルートの開発」。もうひとつは、その構造を意図的に変えて作用がどう変化するかを調べる「構造活性相関」の解明です。自然界に存在する分子を理解し再構築する、そんな研究を日々続けています。

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植物から取れる成分なら、わざわざ化学合成する必要はないようにも思えるのですが。

そう思われるかもしれません。ですが、植物から取れる量はごくわずかなんです。1キログラムの試料から、数ミリグラム、ものによっては1ミリグラム程度しか取れてこない成分も珍しくありません。希少な成分であればあるほど、植物から取り出すのは大変です。そこで「ならば人工的に作ろう」となる。市販されているありふれた試薬を出発点に、目的の物質に組み上げる合成ルートを開発する。このルート開発自体が、ひとつの大きな研究テーマになるのです。しかも、いったん合成ルートを確立できれば、その手法を応用して、構造の似た分子も次々と組み立てられるようになります。こうした、もとの物質と似た構造を持つ分子を「類縁体」、もとの分子を化学変換させて派生させた分子を「誘導体」と呼びます。

類縁体でわかりやすい例として、医薬品のモルヒネとコデインが挙げられます。構造はほとんど同じですがある部分だけが違うだけでモルヒネは痛み止めに、コデインは子ども向けの咳止めになります。ひとつのルートからこうした分子を生み出せるところに、合成研究の大きな強みがあるのです。

類縁体
一部が違うだけで効果が大きく変わるところが化学のおもしろさだ。

少し違うだけで活性が大きく変わるということですね。複雑な構造を持つ物質はどうやって人工的に組み立てていくのですか?

「逆合成解析」という考え方を使います。最終ターゲットの構造をまず眺めて、「ここの二重結合を最後に還元してOHにすればいい」「この部分は、こちらの物質とこちらの物質を組み合わせれば作れる」というふうに、ゴールから逆向きにパーツを分解していくのです。最終的には、ナフタレンのような市販されているありふれた試薬まで分解できるところに辿り着きます。そこから今度は順方向に、パズルを組み上げるように合成していく。実際の作業は学生さんに考えたルートを立てて作ってもらうのですが、ルートがうまくいかなければ試薬を変えて別の道を試す。文献に類似反応の報告例があればその方法を活用しますが、報告例がなければ、未知の反応を学生さんと一緒にチャレンジしていきます。

このパズル感覚は、有機化学に共通する魅力だと感じます。高校の化学で言えば、前半に学ぶ無機化学や物理化学は「この物質とこの物質を混ぜたらこうなる」という1段階の反応が中心です。一方で、教科書の後半に出てくる有機化学はもっと複雑で、化学変換を重ねていろいろな物質を組み上げていく分野になります。たとえば解熱鎮痛剤のアスピリンも、フェノールからサリチル酸を経てアセチルサリチル酸へと段階的に合成されます。私自身、有機化学が好きになっていったのは、高校でこの分野に出会ってからのことです。

同じ構造を作るだけではなく、構造を変えるところに研究の意味があるのですね。

そうです。これを「構造活性相関」と呼びます。類縁体や誘導体を作って、もとの物質と比べて作用がどう変わるかを調べる。たとえばがん細胞を死滅させる作用がある物質で、ある部分の置換基を変えたら活性が下がってしまった。であれば、その部分は活性発現に必須なのだとわかります。逆に、別の部分を変えたら活性が上がった。であれば、その方向に攻める価値があるとわかる。

クラシカルな手法では、化合物を1つずつ作って評価していきます。最近ではコンピュータシミュレーションを併用する研究者も増えていますが、シミュレーション主導で薬の種を見つけるのは、現時点ではまだ難しい。コンピュータが「これが正解です」と出してきても、その過程で何を弾いたのかが見えないので、もっとよい構造を見落としているかもしれません。私自身は、いわゆる“セレンディピティ”つまり経験と知見に基づく「カン」を頼りにすることが多いです。論文を読んで「ここにこういう置換基を入れたら活性が上がりそうだ」とアタリをつけ、合成し、活性を評価する。後付けでシミュレーションをかけて、標的タンパク質に綺麗にはまるかを確認することもあります。思いがけない発見というのは、地道に積み重ねた経験と知見の延長線上に現れるもの。だからこそ、自分の中に蓄積されたカンを大切にしています。

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構造の違いというと、化学式上の違いがそのまま作用の違いになるのでしょうか?

ここがおもしろいところで、3次元的な構造が決定的な意味を持ちます。代表的な例が「キラリティ(鏡像)」、不斉炭素を含むキラル分子の話です。例えば、右手と左手は、パーツは同じなのに、右手用のグローブに左手は入りませんよね。3次元的な配置が違うから重ね合わせられない。これと同じ関係にある分子を「鏡像異性体」と呼びます。鏡に映した相手とパーツは同じ、しかし重なり合わない、似て非なるものです。

鏡像異性体
このように左右対称の分子は、片方側は絶対に重なることはない。

そして驚くべきことに、私たちの体はこの鏡像体異性体を見分けるのです。アミノ酸も糖も、生体内を構成しているものは鏡像異性体の片方だけで世界ができている。だから、片方は強く効くのに、もう片方はほとんど効かない、ということが起こり得ます。身近な例で言えば、メントール。ガムや飴に入っているスーッとする清涼成分も、鏡像異性体の片方だけが使われています。実際に学生さんに2つの瓶の匂いを嗅ぎ比べてもらう授業をやっているのですが、片方は私たちの知っているメントールの香り、もう片方はカビ臭いような埃っぽい、まったく別の匂いがします。リモネンも同じで、片方はオレンジ風味、もう片方はレモン風味。匂いの世界が、鏡像異性体では変わってしまうのです。

この鏡像異性体を「作り分ける」、つまり狙った片方だけを合成するのが、有機合成において最も難しいテーマのひとつです。普通に作ると、両方が1対1の比で出てきてしまう。狙った片方だけをいかに作るか、ここが特に難しいのです。

リモネンの例

匂いや効能まで変わるのはおもしろいですね! 合成した物質の活性は、どのように確かめておられるのですか?

私たちの研究室では、細胞レベルで作用を見るところまでを担当します。動物実験はその先のステップで、製薬会社などが担う領域です。たとえばがん細胞であれば、培養している細胞に、化合物を溶かした液体を加えて、1〜2日後にどうなっているかを観察します。固形がんの細胞は普段シャーレの底にべったりとくっついているのですが、死んでしまうとぷかーっと上に浮いてくるんです。目視で確認することもあれば、生細胞と死細胞で色が変わる染色を使い、吸光度を測る装置で定量することもあります。

合成、精製、活性評価。このサイクルを回しながら、もとの天然物より強い活性を持つ類縁体を探していきます。ただし、たとえ強い活性を示す物質が見つかっても、そのまま薬になるわけではありません。生体内で代謝されやすかったり、肝臓や腎臓に蓄積して毒性を示してしまったりと、物性の壁を越えられずに動物実験の段階でドロップアウトしてしまうケースが多々あります。製薬会社はそうした課題をひとつずつ越えて薬として仕上げていきますが、私たちが担っているのは、その入口、すなわち「薬の種」となる物質と、構造のどこが活性に効いているのかという知見を世に届ける研究です。

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最後に、有機化学の研究の楽しさはどこにあるとお感じですか?

ふたつあります。ひとつは、物質をパズルのように組み上げて、目的の分子を作り上げること。もうひとつは、その物質の活性を上げていけることです。もとの天然物より強い活性を示す類縁体が見つかったときは、学生と「活性上がってますよ」「やったやん!」と盛り上がります。もっとも、植物というのは本当によくできていて、人間が後から作ったもののほうが活性では遠く及ばないことのほうが、実は多いのです。それでも、たまにものすごく活性の高いものが出てくることがあります。そうした瞬間のために、毎日の合成があるようなものです。

合成した物質は、結晶として目の前に現れます。生物系の研究のように遺伝子という肉眼で見えない世界を扱うのとは違い、私たちの研究は手元にモノが残る。匂いを嗅ぐことも、触れることもできる。溶媒を調整し、ゆっくり冷やしながら結晶化させると、分子が綺麗に並んだ透明な結晶が立ち上がってくる。誰も作ったことのない物質を、自分でルートから設計して、自分の手で組み上げる。そんな喜びが、この分野には待っています。

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