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水産学科

2026/8/24

深海に眠る薬の手がかり。微生物の力で新しい化合物を探る。

福田 隆志 教授/水産利用学研究室

先生はどのような研究をされているのでしょうか。

私は深海生物を扱っていて、それらが持っている成分の中から、人にとって有効に使えるもの──特に薬になり得る物質を探す研究をしています。

そもそも、いま私たちが使っている薬の7割ほどは、いわゆる天然物と呼ばれる、自然界に存在する物質を起源としています。漢方薬や伝承薬のように、葉っぱや木、動物の骨など、200年や300年も前から、人は身のまわりの自然から薬を見つけ出してきました。ところが、そのほとんどは陸上の生き物に由来しています。なぜかと言えば、陸の方が研究しやすかったから、ただそれだけの理由です。海の生き物にも、薬の種となる成分があるのではないかと言われ始めたのは、ようやく50年ほど前のことです。実際に「海から生まれた薬」が出はじめたのは2010年ごろから。海の研究はまだとても新しい分野で、これから新しい薬の多くは、海から見つかってくるはずだと考えています。

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かなり最近なんですね。なぜ研究のターゲットを「深海」に絞ったのでしょうか?

ご存じの通り、地球の表面の7割は海です。そのうちの95%は深海と呼ばれる領域で、ほとんど誰も手をつけていません。今、世界中の研究者たちが海の研究をさかんに始めていますが、私は誰もやっていない深海に手をつけたほうが、もっとおもしろいものが見つかるはずだと考えました。

海と陸の関係をどう捉えるか、というのも私のテーマのひとつです。たとえばDHAやEPAは、実は海の生き物にしかない成分です。陸上のどこを探しても見つかりません。それなのに、私たちの血液をサラサラにしたり、健康維持に役立ったりする。海にしかないものが、陸の生き物である私たちに有効であるというのは、よく考えると不思議なことです。おそらく海と陸の間には、まだ知られていない関係性があるのだと思っています。陸上で問題となっている病気や疾患の答えが、海の中に隠れているのではないか。そんな仮説を立てて、誰も手をつけていない深海に注目しています。

幸いなことに、日本は富山湾や駿河湾といった深海域を陸から近い場所に持っています。富山湾の名物のホタルイカも深海生物です。深海生物にアクセスしやすい環境であることは、日本の研究者にとって大きな利点です。

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深海生物は、どのようにして手に入れているのですか?

微生物が専門の私のような研究者にとって、深海生物を手に入れることは大きな課題でした。JAMSTECのような大きな機関のように、潜水艦で海底に採りに行くことはできません。転機となったのは、駿河湾で深海魚を販売するベンチャーを立ち上げた青山さんという方との出会いです。駿河湾の定置網には深海魚が混じることがありますが、これまでは食用にならないために漁師さんが捨てていました。「もったいない」と感じた青山さんが、食べられる深海魚は珍しい食材として、食べられないものは理科教材や絵描きの方の素材として販売する仕組みを作られました。私はそこに目をつけて、すぐに「研究で使いたいので、食べられないものでよいから送ってください」と連絡しました。いまは毎月1箱ほど、ヒトデやウニといった深海の底生生物を中心に送っていただいています。

さまざまな深海生物
研究のために取り寄せているさまざまな深海生物。

実はヒトデやウニは海底をうろうろしながら、いろいろな土まで食べる、いわば「微生物のコレクター」です。そうした生き物を捕まえれば、その体内からたくさんの共生菌を取り出すことができます。研究室の冷凍庫と冷蔵庫には、すでに3000株の菌が保存されています。また、抗がん活性物質を作るとわかった菌株は、その種の同定まで行っています。

保管されている深海生物由来の微生物
保管されている深海生物由来の微生物。

深海生物は、微生物コレクターなんですね。

深海は、表層の海とは環境がまったく違います。海は水深200mあたりで太陽光が届かなくなります。表層では光合成細菌がエネルギーの出発点になりますが、その下の深海では化学合成細菌という、光がない場所でもエネルギーを生み出せる微生物が出発点になります。食物連鎖のスタートから違うんです。高圧で、暗くて、温度が低く、酸素も少ない。そういう極限環境にいる生き物は、私たちが持っていない特殊な成分や酵素を持っている可能性があります。酵素は、物質を別の形に変える小さな職人のようなものです。普通の方法では変えられないものでも、微生物の酵素はあっさりと変えてしまうことさえあります。

海底断面図と深海の特殊性

先生が特に注目している深海生物はありますか?

フジヤマカシパンというウニがいます。トゲがない平べったいウニで、形が富士山のように見えるカシパン類です。この生物から凍結乾燥で水分を抜いたあと、酢酸メタノール抽出をして成分分析と生物活性を調べています。

そこで面白いのが、Br(臭素原子)が付いた物質です。実はBr原子はかなり海特有の元素で、陸上ではBr原子がついた物質が発見された例は少ないです。海水にはNaCl(塩)がありますが、海の生物からはさらにBr原子が付いた物質が出てくることがあります。陸上の植物にも似た骨格の物質はあると言われていますが、Br原子が付いている点が海らしいところです。フジヤマカシパンの中から取れた共生菌が、この物質の大元を作っているのではないかと考えています。宿主であるフジヤマカシパンが、共生菌に骨格を作らせ、最後にBr原子をくっつけて、化学防御に使っているのではないか。化学防御というのは、魚にかじられないように毒のような物質で自分を守る仕組みです。ただ、その防御物質が、意外と抗がん活性を持つことがあります。さらに、フジヤマカシパン由来の菌からアゼピン骨格という7員環を持つ新規物質も見つかっています。トリプトファンというアミノ酸と、グルコースというお砂糖。同じ2つの出発物質から、カルボリン骨格とアゼピン骨格ができる。まだ確認中の内容もありますが、新種の菌が新しい化合物を作っている可能性がある。こういうところに、深海研究の面白さがあります。

フジヤマカシパン
富士山のような形のフジヤマカシパン。
フジヤマカシパンとそれに含まれる成分

この研究は、将来的にどのような応用が期待できるのでしょうか。

一つは、薬になりそうなのに「あと一歩」で開発が止まっていた物質を助けることです。たとえば、水に溶けにくい、活性が足りない、合成が難しい。そういう理由で薬にならなかった物質でも、深海由来の微生物が持つ酵素を使えば、性質を変えられる可能性があります。実際に私たちの研究では、溶媒に溶けにくい物質に糖がくっつくことで、水に溶けやすくなる現象が見えてきました。有機合成では難しい場所に、酵素なら糖を一つだけ付けることができる。化学合成では難しかったことを、深海由来の微生物がいとも簡単にやってします。もしかすると創薬において「最後のピース」になるかもしれません。

もう一つ、私が今おもしろいと思っているのが、微生物同士を組み合わせる研究です。私たちは、Serinicoccus marinus(セリニコッカス・マリナス)KDM482という深海由来の菌株を独自に持っています。この菌株を起点に、抗がん活性を持つ骨格と、別の微生物が持つ抗菌活性のあるパーツを組み合わせられないかと考えています。もしそれができれば、たとえば将来的に、がんにも効き、感染症にも対応できるような薬の提案につながるかもしれません。今は抗がん剤と抗菌剤を別々に使うことがありますが、「これ1剤でいけます」と言えるようなハイブリッド型の薬ができたらおもしろいですよね。もちろん、これはこれから検証していく研究です。

深海の中では、いろいろな微生物が出会っているはずです。その組み合わせをフラスコの中で再現した時に、何が起きるのか。2種類、3種類、4種類と組み合わせれば、どんな化合物ができあがるのか、可能性は無限にあると思っています。

S. marinus KDM482 が生産する化合物

最後に、先生がこれから目指していることを教えてください。

深海生物の体内にいる微生物を使って薬につながる物質を探す研究は、まだ広がり始めたばかりです。提供していただいている深海生物は、他の研究所にも送られているそうですが、そこから菌を取って創薬に結びつける研究は、あまり多くはないと思います。より多くの人に私の研究を知ってもらい、もっとこの分野の研究が発展していってほしいと心から思っています。もし将来、「この分野を最初に始めたのは誰か」と聞かれた時に、「私です」と言えたらそれはうれしいですね 笑

深海には、まだ誰も調べていない生き物や微生物がたくさんいます。目に見える大きな魚でさえ新種が見つかる時代ですから、目に見えない微生物なら、なおさらです。深海に興味がある人、新種発見に興味がある人、薬に興味がある人には、ぜひ来てほしいですね。一緒に深海の謎解きができますよ。

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