環境管理学科
2026/8/24
なぜ森にはいろんな木が生きているのか。
樹木の多様性から、日本の森林の未来を考える
先生は森林科学を専門に研究されていますが、どういったテーマに取り組まれているんですか?
私が研究しているのは、樹木の多様性です。日本の森には、いろんな種類の植物、樹木が生きています。なぜそんなにたくさんの樹種が存在し、どのように生き、どんな特性があるのか。その違いを一つひとつ明らかにし、樹木の特性を活かしながら、人間が森とより賢く付き合う方法を考えたい。それが大きなテーマです。
ところで、近畿大学農学部の裏山には、何種類の木が生えていると思いますか? 実は、50〜60種類もあるんです。これは多くの方が驚かれる数字ではないでしょうか。通常、生態学の世界では「競争力が強いものが勝つ」と言われています。それなら強い1種類だけが残ってもよさそうなのに、実際には何十種類もの木が共存しています。では、なぜ強いもの1種類だけにならないのでしょうか。樹木はそれぞれ、まったく違う戦略で生きています。種を遠くまで飛ばすもの、すぐ近くに落とすもの。すぐ枯れるけれど大量に種をつけるもの、ゆっくり長く生きるもの。そうした違いがあるからこそ、森の中では多くの樹種が共存できるのです。少ない樹木を人間が切って使い尽くせば、たちまちその木はこの世から消えてしまう。どんな付き合い方なら、多様な樹種を活かしながら使い続けられるのか。それを問い続けています。
具体的にはどのような方法で研究されているのですか?
研究の舞台はほとんどがフィールワーク、森の中です。少しイメージしていただきたいのですが、例えば、どんぐりは木からどのぐらいの範囲に落ちると思われますか? だいたい20m以内です。一方で、カエデの種子はヒラヒラと風に乗って飛ぶのですが、あれは平気で100m近く飛んでいきます。樹種によって、種を運ぶ距離はまったく違うのです。では、それをどうやって測るのか。手法としては、森の中に「種子受け」という装置を設置します。網で作った受け皿のようなもので、これを木の周囲に多数並べて、ブナならブナ、イタヤカエデならイタヤカエデが、樹種ごとにどこまで種を飛ばしているかを調べます。この手法は私の師匠の世代が確立したものですが、今や世界標準の手法となっています。
ただし、種子受けだけでは「どこまで落ちたか」しかわかりません。本当に知りたいのは、その後どれだけ芽を出し、生き残るかです。そこで種子受けの横に1メートル四方の調査区画を設け、芽生え一本一本に旗を立てて記録していきます。ミズキ、アズキナシなど樹種ごとに、何本出てきて、何年でどれだけ伸び、いつ枯れるか。それを5年、10年と追いかけます。そうやって長く観察して初めて、それぞれの樹種が「どこまで種を飛ばし、どこで生き残れるか」が見えてくる。新しい生息地を開拓する力と、そこに定着する力。両方を測らないと、樹種の生き方は理解できません。
5年、10年。気の長い研究ですね。樹木の共存のしくみは、森林管理にどう活かせるのでしょうか?
樹木同士の関係は、基本的には競争関係です。上層の木が光を先取りすれば、下層は不利になる。ただ、それぞれが工夫を凝らしています。小さなうちに大量の種をつけて、すぐ枯れるけれど次世代を多く残す樹種。逆に、ゆっくり時間をかけて長く居座る樹種。回転の速さで勝負するか、定着する力で勝負するか、樹種ごとに異なる生存戦略があるのです。例えるとギャンブルにも近いものがありますね。座り続けてパチンコをやるか時々の大当たりを狙うか、といったところでしょうか。
調査区画を長く観察していると、おもしろい現象が見えてきます。種が落ちた場所の上に大きな木があって暗ければ、芽生えはほぼ生き残れません。ところが、ある時上の木が倒れて、突然明るくなる。それまでハズレだった場所が、突如アタリの場所に変わる。そこで初めて芽生えが伸び始めるのです。倒れた木が大きいほど、空いた穴も大きく、明るさも違ってくる。樹種ごとに「どのぐらいの明るさが好きか」も全部違うので、明るさが変わると主役が交代する。こういう瞬間に立ち会えると、長く見続けてきてよかったと思います。こうした生態を一つひとつ理解できれば、応用が利きます。広葉樹を伐採する際に、「この木を切ればこの樹種に有利になる」「この木を残せば別の樹種が育つ」といった判断が可能になる。たとえば、細い木は種をつけません。ある程度の太さになって初めて種を作る。ですから、伐採する時にどのサイズの木を残すかを決めれば、次世代がちゃんと出てくる森が保てる。そうした指針は、研究から導き出せるのです。
なるほど。そうした知見があれば森林管理における提案ができるようになる、ということですね。
森林の研究は、木や森だけの話にとどまりません。いま世界では、生物多様性の損失を止め、自然を回復させていこうとする「ネイチャーポジティブ」の考え方が広がっています。2022年の昆明・モントリオール生物多様性条約締約国会議で、国際的な合意が成立しました。産業革命以降、生物多様性は世界中で減少を続けており、しかも過去の大量絶滅の100倍から1000倍のスピードで失われている。一方で、世界のGDPの半分は自然の恵みに依存していることも明らかになってきた。だからまず減少のトレンドを止め、その後、回復基調に乗せようというのが国際的な合意です。
森林に対しては、温暖化対策の役割が期待されがちです。ただ、それを優先しすぎると多様性は減ってしまう。「成長の早いスギだけ植えればいい」という話になりかねません。むしろ生物多様性の側から入っていくほうがよいと考えています。いわば、生物多様性を守ることが、めぐりめぐって温暖化対策にもつながるということです。
紀伊半島も、かつては全体を広葉樹林が覆っていました。戦後、その多くが伐採され、スギ・ヒノキの人工林に置き換えられた結果、生物多様性は大きく低下しています。これをどう回復させていくか。研究を、その答えにつなげたいと考えています。ただし現状、こうした細やかな判断ができる人材は多くありません。農学部の裏山一つとっても60種類近い樹木があり、それぞれの生態を理解していなければ、どれを切ってどれを残すかは判断できない。研修で現場の技術者の方にお伝えしたり、教育を通じて学生に樹種を覚えてもらったりと、そうやって人材を育てていくことも、研究と同じくらい大切な仕事だと考えています。
先生の研究室の学生は、森や生態系をどのように調べているんですか?
学生それぞれですね。樹木の直径を測り、樹種と大きさのデータを解析してストーリーを組み立てる学生もいれば、若草山に入り込んだ外来植物の分布や生態を調べている学生もいます。若草山は外来種が多く、放っておくと在来の植生がどんどん押されていきます。どうすれば在来種が戻ってくるのか、これもまた多様性の問題です。面白いところでは、自動撮影カメラを使った調査もあります。温かいものが通ると30秒間録画するように設定したカメラを、昨年は10台ほど裏山に設置しました。イノシシの親子、アライグマ、ハクビシンなど、どんな動物がいて季節によってどう変わるか。どんぐりが豊作の年と不作の年で動きはどう違うのか、外来種の動物がどのくらい増えつつあるか。多様性は植物だけの話ではないので、動物の側からも森を見ようとしています。今年も学生にやってもらう予定です。私自身は、多くの時間を学生と過ごしています。「こういう研究がしたい」と相談を受けて、一緒に裏山や若草山に出てデータを取る。テーマはさまざまですが、軸は全て生物多様性にある。そこはぶれていないつもりです。
先生が目指す、これからの森林との付き合い方を教えてください。
私の目標はただ一つ。この国の森林を、より良くしたい。
私はもともと、森が好きでした。東京大学農学部で森林研究の道に入り、森林総合研究所の盛岡、筑波と、ずっと関東以北で仕事をしてきて、関西で働くのは近畿大学農学部が初めてですが、場所は変われど、向き合っているテーマは一貫しています。森の中にいないと、研究のネタは降りてこない。「これを調べよう」「これは面白いんじゃないか」と直感が働くのは、いつだってフィールドにいる時です。そして、科学に基づいた、森林との適切な付き合い方を多くの人に伝えていきたいと思います。現場で作業される方、森林に関心のある学生さんに届け、さらに次の世代へとつないでいくこと。それが研究と同じくらい大切だと思っています。
理想は、居酒屋でサッカーや野球の話をするように、森林の話が出てくる世の中です。「あいつがあそこで打たなかったから負けた」みたいに、「あそこの現場であの木を切ったらあかん」と熱く語る人が現れる。そんな日が来たら、本当におもしろいですね。