農業生産科学科
2021/09/24
農業の未来に新たな光。「抵抗性遺伝子」を特定し、ウイルスに強い品種を作る。
最近、先生の研究室で“世界初”となる研究成果が出たそうですね!
はい。「トウガラシのベゴモウイルス抵抗性遺伝子の特定」に成功しました! どういうことかと言うと、私が取り組んできた研究は、皆さんにも身近なトウガラシ・ピーマン、トマト、ナスといったナス科野菜と、キュウリ、メロンなどのウリ科野菜を対象に、特定のウイルスに強い品種をつくる研究です。ベゴモウイルスというのは世界の農業生産に甚大な被害をもたらしている植物ウイルスであり、これまでにベゴモウイルス抵抗性遺伝子が特定され、ウイルス抵抗性品種の育種が進められてきた植物はトマトが唯一でした。今回の成果を活かして品種改良が実現すれば、トウガラシ・ピーマン生産におけるウイルス病の被害軽減が期待できることになります。

その「ベゴモウイルス」は日本にもいるんですか?
日本にも入ってきていて、かつてトマトに深刻な被害が出ました。トマトに感染するベゴモウイルスは1990年代、イスラエルから何らかの経路で日本を含む東アジア、南ヨーロッパ、中近東、アメリカなどに侵入し、トマトの葉が黄色くなり、奇形になってしまう「黄化葉巻病」という病害が世界的に広がりました。もともと、このベゴモウイルスはイスラエルで野生植物に感染していたウイルスで、農地の拡大によって変異ウイルスが発生し、やがてパンデミックウイルスとして世界に伝播(でんぱ)したと考えられています。
このときは感染した地域が先進国中心だったこともあり、各国の研究者が立ち上がりました。トマトの野生種から抵抗性遺伝子を持ったものを探し、それを見つけて品種改良につなげ、10年ほど前からベゴモウイルスの抵抗性品種が一般にも流通しています。トマトに関しては研究成果があがり解決できたのですが、ほかの作物は抵抗性を持っていないのが現状です。
日本で被害を受けたのはトマトだけですが、東南アジアや南アジアでは酷い状況が続いていて、様々な野菜がめちゃくちゃにやられています。アフリアではキャッサバがかなりの被害を受けています。ベゴモウイルスの難しいところは植物ウイルスの中でもとくに種類が多く、今わかっているもので400種類以上。頻繁に変異を起こしたり、ウイルス同士でゲノムDNAの一部を交換したりして、悪さをするのが次から次へと出てきます。

400種類のウイルス...すごい数ですね。ベゴモウイルスには媒介者がいるのですか?
「タバココナジラミ」という昆虫が媒介しています。タバココナジラミが生きるために植物から吸汁するときに移してしまうんです。この虫は寒さに弱く、日本では冬場に数が減りますが、熱帯や亜熱帯地域では一年中生息しています。抵抗性品種が開発されていない今、生産現場が取れる唯一の選択は殺虫剤の散布です。しかし殺虫剤を大量に撒いてきたために耐性を持つ虫も出てきて、すでに農薬が効かないタバココナジラミが世界各地で発生しています。

世界的にもかなり深刻なようですね...研究のために先生が被害の大きな国や地域に足を運ぶこともありますか?
そうですね。まず海外へ行き農家を訪問し、畑を視察させてもらいます。症状が出ている野菜からベゴモウイルスが関与していると思われるものをピックアップして、遺伝子レベルでウイルスの種類を調べます。数多くあるウイルスの中で問題を引き起こしている種類が判明すると、どれに対して強いものを育種すればいいのかが論理的にはわかります。

次は実験としてウイルスを一時的に感染させます。自然界ではタバココナジラミがウイルスを媒介するわけですが、ウイルス感染した虫を研究室で飼って逃げ出したら大変ですから、遺伝子組換えの技術を使って感染させた植物を自分たちで作出します。これにはアグロバクテリウムという遺伝子導入植物をつくる際に用いる菌を使用します。例えばトウガラシの苗にアグロバクテリウムを注入すると、自然界と同じように感染・発病します。そういう手法を開発しました。実はトウガラシというのは遺伝子組換えが非常に難しい植物で、当初はなかなか感染させることができませんでした。様々な試行錯誤を経て、ようやく特定のトウガラシ系統で半分くらいの確率で感染・発病させられるようになりました。そこで、その感染しやすいトウガラシ系統に遺伝子組換えによって感染させたうえで、数百あるトウガラシ系統に一つひとつ接木することで感染させる方法を編み出しました。そうして膨大な数のトウガラシに感染させていくと、ごく一部に感染しても発病しないものが見つかります。感染しても発病しないのは抵抗性遺伝子を持っているからだと想定し、あとはその遺伝子を突き止める実験をしていきます。
本当に膨大な作業ですね。発病しない遺伝子を持つ系統がわかれば、もうゴールは見えてきますね。
強い系統が見つかると、まずはウイルスに弱い系統と交配を行います。F1という次世代、F2という孫の世代へと進み、F2の段階になると遺伝子が混ざり、強いもの弱いものなどいろんなパターンが出てきます。それを500株なら500株のDNAを全部調べて、抵抗性を決定づけている遺伝子を明らかにするわけです。当然個体が多ければ多いほど、原因となる配列を突き止めやすくなります。この方法自体は特に珍しいわけではなく、作物の品種改良ではよく行われることです。
また、ベゴモウイルスに強いものと果実もおいしくて生産性の高い品種と交雑させると、孫やひ孫の世代になると「おいしいけど弱い」、「強いけど味が悪い」、「おいしくて強い」、など様々な種類が出てきます。世代が進むことで生物の特徴を決めている遺伝子がシャッフルされ、そのようなことが起きます。そこで、まず発芽した段階でDNAを取り、強いものを選びますが、これは遺伝子を調べれば百発百中でわかります。その上で、選んだものの中から、おいしいものだけをさらに選びます。
遺伝子の配列によって、これは強い系統、これは弱い系統というのがわかれば、その違いに対してDNAマーカーという目印を付けることが可能になります。例えば、ATGC(DNAを構成する塩基。A=アデニン、T=チミン、G=グアニン、C=シトシン)でAがGに変異した部分が原因だとする目印を付けておく。そこで、今回のトウガラシではベゴモウイルス抵抗性を確実に判別できるDNAマーカーを実際に開発し、有用な遺伝子を保持しているかどうかを判定していきました。
交配を繰り返し、性質が安定すれば、そこから種を取るということになるんですか?
いい品種を作出するために種として開発していくのですが、それを我々のような研究者が手掛けるかと言えば、やらないのが世界のトレンドです。というのも、品種改良というのは大学の研究者が単体できるようなことではなくて、ものすごく複雑な組み合わせを検討しなければならない、絶妙な職人芸の世界なんです。だからそこは民間の種苗会社に協力していただいています。一方、企業では基礎的な研究はできませんので、こちらで学術的な発見があればいち早く情報提供をするという協力関係を築いて進めています。
やはり農薬を撒くよりも植物そのものが強いことが、もっとも管理が楽で安全な方法です。品種改良ができれば特定の国だけではなく、いろんな国・地域の農業に役に立つと考えています。

国や地域が違えば、土壌などの条件も異なると思うんですが、そこは問題ないんですか?
たしかに、あらゆる国・地域をターゲットにするのは難しいことです。今、実際に動き始めていますが、各国とのネットワークを持つ野菜に関する国際研究機関とタッグを組んでいます。そういう機関に抵抗性系統の種子とDNAマーカーの情報を提供して、様々な国で有用性の評価をしてもらうということを行おうとしています。それぞれの国で交配を行い、気候風土に合わせた形で品種改良が進むことにつなげたいと思います。
成功すれば世界の農家がとても助かることになりますね。先生がこの研究やろうと思ったきっかけは何ですか?
大学院生のときにインドネシアを訪れる機会があり、現地で何件かの農家を訪問させてもらうと、相当な数のトウガラシの葉が黄色く縮れる病気になっていました。このときはベゴモウイルスのことも、黄化葉巻病のことも知りませんでした。当時、農家に役立つような応用研究をしたいと考えていましたし、まだ世界で誰も成功していない研究者としてのブルー・オーシャン(未開拓の市場)なので、この問題に取り組んでいこうと決断しました。ようやくトウガラシのベゴモウイルス抵抗性遺伝子の特定に成功するという成果を上げることができましたが、本当に農業に役立つためには、まだスタート地点に立ったばかり。これからも生産被害を食い止めるための研究を様々な野菜で続けていきます。

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