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環境管理学科

2021/08/05

正しい森林と木材の利用が地球を救う。次世代に伝えたい森林資源への思い。

先生の研究室に“NOBEL PEACE PRIZE”と書かれた表彰状があり、先生の個人名“MITSUO MATSUMOTO”も大きく表記されています。ノーベル平和賞という意味ですね? これは……。

実は、本学の教員になる前、国立の研究機関である森林総合研究所という組織で研究に携わっていました。そのときIPCC(気候変動に関する政府間パネル)という地球温暖化に関する国際的な科学者会議に執筆者や専門家として参加していて、そのIPCCが2007年にノーベル平和賞を受賞したのです。表彰状はノーベル平和賞受賞への貢献ということで、IPCCからの私個人に対する表彰です。もっとも、IPCCには世界に数百名ものメンバーがいますので、私の貢献はごくわずかだと思っています。私はこれまでに地球温暖化と森林の関係を中心に研究してきました。地球規模の問題ですから、IPCCのような国際団体で議論や執筆をしたり、日本政府として国際交渉を行う際に交渉官の技術アドバイザーを務めたりしてきました。

ノーベル平和賞受賞へ貢献を称える表彰状

すごい経歴をお持ちですね。国際交渉とは、例えばどんなことでしょうか。

例えば、REDD+(レッドプラス)という途上国が自国の森林を保全することで、経済的利益を国際社会が提供するしくみがあります。森林は二酸化炭素を吸収してくれる貴重な存在ですが、途上国では外貨獲得のためにどんどん伐採が進められてきました。途上国の森林破壊は地球温暖化をさらに加速させます。しかし、途上国の人たちに「伐るな」と言ったところで進めているのはその国の政府ですので、止まるわけがないんですね。そこで、発想を変えて、森林を守って二酸化炭素の排出量を削減したら、その量に応じて資金が得られるという国際的な制度をつくって支援することになりました。世界の科学者と行政担当者、民間が集まって2005年頃から議論を開始し、2015年のパリ協定での合意を経て本格的に始まりました。私はこの仕組み作りを国内で先導しました。REDD+ができて熱帯雨林の減少は驚くほど減りました。この枠組みがスタートする前から事前の取り組みも対象にするルールにしたことで、そのアナウンス効果もあり各国がこぞって森林を守りはじめたのです。ところが近年、ブラジルではボルソナロ大統領の就任後、アマゾンの主権はブラジルにあると主張し、森林伐採を行って農地に変える政策に舵を切りました。実際、人工衛星からも南米が燃え盛っている画像が公開されています。こうした地球規模の問題は各国の協調が欠かせません。各国には主権がある一方、国際的な連携が一つの国の判断で台無しになってしまうことがあるのが難しいところです。

1997年に合意された京都議定書では、先進国全体で温室効果ガスの排出量を1990年比で5%減少させる目標が掲げられ、日本は6%の排出削減を約束しました。京都議定書への参加に際して、日本の森林の二酸化炭素吸収量を推定する必要があったのですが、まだ当時その手法が確立できていませんでした。そこで、森林総合研究所の研究者チームを率いて、森林の吸収量を正確に算定する方法を開発するとともに、国内で算定が実施できるような仕組みを作りました。また、どれだけ森林を間伐して成長させれば目標が達成できるのかをシミュレーションも行いました。削減目標6%のうち森林の吸収量算入は上限3.8%までというルールがあり、それを上限まで利用できるようお手伝いしたということです。

松本先生の写真

森林が大気中の二酸化炭素を吸収し、酸素を発生させながら炭素を蓄えるということですね。木の炭素量はどうやって測定するのですか。

京都議定書のとき、私のチームが日本の森林による二酸化炭素吸収量の方法を開発しました。その考え方は、森林の炭素蓄積が増えていれば、その分を吸収した炭素量と見なすという単純なものです。水を除くため乾燥した状態で測るのですが、乾燥した木材の重さに対して針葉樹は0.51、広葉樹は0.48を掛けると炭素の量になります。幹だけではなく枝、葉、根にも炭素が溜まっていますので、その部分も算出します。樹種ごとに細かく枝葉の係数を定めていて、それを掛けて計算すれば推定できます。森林には住宅地と同じように所有者や面積を記録した森林簿というものがあり、森林簿を使ってこの森林にどれだけの炭素量があるかを毎年更新しています。前回の値との差から1年間でどれだけ炭素を貯めたのか、つまりどれだけ二酸化炭素を吸収したのかがわかります。

途上国で森林を守ることを国際社会が支援しているという話ですが、日本でも森林を守り、木材を使わないことが大切ではないですか。

いいえ、スバリ今は木材をどんどん使うべき時代です。こう言うと驚くかもしれませんが、現在の日本の森林は、かつてないほど豊かな状況なんです。森林破壊が問題である途上国とは全く反対の状況です。しかし、歴史を振り返ると過去に森林の危機が数回ありました。近畿地方では最初は平城京や平安京を作るための森林伐採、次は戦国時代に城や町を作るための伐採。これによって近畿の森林資源は枯渇し、宮殿や寺社の造営に使われた天然ヒノキは近畿地方から全部なくなりました。明治時代も酷くて、当時の六甲山は丸裸でした。かつては生活物資として木材の需要が大きく、産業が発展するにしたがい森林は伐られ過ぎていたのです。戦後になると復興のために木材が必要になり、その跡地にスギ、ヒノキを植えるのが世の中の流れになりました。そのスギやヒノキが成長し、2000年代を迎えた今、伐採できる年齢になってきました。木を伐ることは環境破壊につながるというイメージがあるかもしれませんが、きちんとした森林管理を行うなかでは成長分は伐っても資源は減りません。今の日本では木を伐ることが大切なのです。

木材資源が豊富にある今、社会の中に木材製品をより広めようという状況になっています。新国立競技場にも木材が多くに使われていますし、木造の高層ビルを建てる動きも進んでいます。最近「木材利用促進法」が改正され、公共建築物を整備する国・地方自治体だけではなく、民間事業者にもに木材利用を促進することが定められました。また、鉄やアルミのように製造時にエネルギーをたくさん使う製品の代わりに、製造エネルギーが小さな木材製品を選べば、それだけエネルギーを使わずにすみ、二酸化炭素の排出を削減できます。さらに、木材を利用した最後には、燃やしてバイオマスエネルギーとして利用すれば、それだけ化石燃料の使用量を節約することができます。木材を燃やして二酸化炭素が出たとしても、それは数十年前、数百年前に空気中にあったものが元へ還るだけです。そして、森林がまた吸収するでしょう。しかし、石油、石炭といった化石燃料は地中にある資源を二酸化炭素として排出しっぱなしにします。同じ二酸化炭素でも、森林・木材と化石燃料からの二酸化炭素とはまったく意味が異なります。このように、木材の利用は日本の資源にとっても、林業にも地球環境にも良いことなのです。

カーボンニュートラルの図
木を利用しサイクルさせることで、地球温暖化の要因の一つである二酸化炭素が増減しない「カーボンニュートラル」の実現が可能に。

実は京都議定書の第一約束期間が終わったあと、森林、木材を扱う国際ルールが変更されたんです。そのときの国際交渉にも私は参加しました。これまでのルールでは木を伐るとあたかも燃えたのと同じ扱いで勘定されていました。つまり、伐ったとたんに排出と計上されたのです。しかし実際には木が製品として社会に出るということは、そこに炭素が溜まっており、その分は大気中の濃度は上がっていないないのですから、すでに温暖化対策を行っていることになります。この国際ルール改正により、それまで伐った時点で二酸化炭素を排出する方法から、燃やしたり埋めたりしたときに二酸化炭素を排出するという実態に合った計算方法に改められたのです。この国際的な合意により上手に木材を使うことが正義となるようになりました。

木材は数十年、数百年にわたり炭素を溜め込んでいるので、その分だけ二酸化炭素が減っていることになります。つまり、社会に木材製品が増えるということは、それだけ地球温暖化の防止に役立っていると言えるのです。

松本先生の写真

先生の研究室で取り組んでいる中高生への森林教育とは、どのような内容ですか。

「中高大連携森林学習プロジェクト」という名称で、奈良県からの委託事業として開始し、現在は研究室独自の活動として行っています。最初の発案者は、現在奈良県庁に勤務する本研究室の卒業生です。近畿大学の学生たちが県内の中学・高校を訪れ、森林や木材に関する出張講義やグループワークを行っています。また、間伐を実際に行う林業体験や、「みんなの森林(もり)」というパンフレット作成なども行っています。中高生が森林・林業に対する関心を高めると同時に、大学生たちにも教えることを通して学んでもらうのが趣旨です。私は監修者という位置づけで、プログラムの企画・運営などは全て学生主体で取り組んでいます。このプロジェクトはその重要性が評価され、ウッドデザイン賞(2020年・コミュニケーション分野)を受賞しています。

対象が中高生ということにも理由があります。奈良県では小学生にはとても丁寧な環境教育を施しているのですが、中学・高校になると授業の機会がなくなってしまいます。森林は社会科でも生物でも扱われていないため、その機会を大学から提供しているのです。実際、出張授業を受け入れてくださった学校の先生方は「知識的にも私たちだけではできないこと」と大変喜んでくださっていますし、このような活動も大学の役割の一つだと感じています。

パンフレット「みんなの森林(もり)」
先生監修のもと、2020年にウッドデザイン賞を受賞したパンフレット「みんなの森林(もり)」。イラストや図解が豊富で、とても分かりやすい。

とても素晴らしいです! 先生が国際社会で活動されていたときの成果を地域社会に還元しているということになりますね。

木材を使うということが、地球温暖化の防止にも森林にもプラスだという私自身のメッセージがあり、そのことを学生から中高生たちに伝えています。生徒さんには木を切ることは自然破壊になるという思い込みがあるでしょうが、そうじゃないことを理解してもらおうとしています。私は木に含まれる炭素量も算定の対象にするという温暖化交渉に関わっていましたから、まさにその経験を反映していると言えます。国際交渉といえば、傍目には華やかな世界に映るかもしれませんが、それが日本や日本人に伝わらなければ意味がないと思っています。森林環境教育には、その思いを込めています。

松本先生の写真