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生物機能科学科

2020/10/25

人はなぜがんになるのか。DNAの不思議な世界をのぞき見る。

先生は「がん」についての研究をされているそうですが、具体的にどのようなものですか?

放射線を浴びると、がんになるリスクが高まるという話を聞いたことがあるかと思います。強い放射線は細胞の中にあるDNAを切断しまうことがあり、それが非常に危険なのです。本来、細胞は自己修復能力を持ち合わせています。それがごくまれに間違った修復をしてしまうことがあり、その結果、染色体異常が生じてがんになる細胞が出てきます。

例えば、本をビリビリに破いてしまったとして、それを直すときに段違いにくっ付けてしまったり、ページを飛ばして張り合わせてしまったりすると、もう本としては読めなくなりますよね。遺伝子は情報ですから、修復を誤るとそれらが書き換わってしまうわけです。そのようなことが実際に起きていることはわかっているのですが、どういうメカニズムで、どんなタンパク質が関与しているのかがわかっていません。私が研究しているのはその部分です。

篠原先生の写真

大胆な間違い方ですね。例えば、放射線被ばくでがんになるのも同じプロセスなんですか?

でも、通常はそんなことにはなりません。生物にはさまざまなバックアップ機能が備わっていて、普通は一つの機構が壊れても問題ありません。修復ができないこともありますが、その場合は単に「細胞死」ということでいいのです。問題なのは「修復方法を間違ってしまうこと」です。修復の際には、細胞自身が最適な方法を判断して行うのですが、何度も何度も放射線を受け、傷の数があまりに増えてしまうとベストな選択ができなくなります。するとその細胞は正しい働きができなくなります。その成れの果てが、がん細胞というわけです。

なお、がん細胞とは、遺伝子情報が書き換わってしまって、おかしくなった自分自身の細胞です。細胞は分裂を繰り返し、例えば、腕なら腕の形を作成・維持できるように分化し、最終段階になると細胞の死を待つだけという状態にならなければいけませんが、がん細胞は増殖を止めません。胃でいえば、がん細胞は胃の中で増殖だけを繰り返し、本来胃の働きをするはずの胃粘膜の機能が失われ、おかしくなった細胞が胃を占拠してしまい、消化できなくなってしまいます。がんは遺伝子情報が壊れてしまうことで引き起こされる病気です。

なるほど。では、がん化するようなケースを除けば、細胞の修復は常に正確ということですか?

ほとんどの細胞は死んでいく運命ですから、エネルギーをかけて正確に修復する必要がない場合もある一方、正確無比に修復しなければならない細胞もあります。例えば、幹細胞などがそうです。そこを見分けて、どう直していくかも細胞が判断します。

DNAの複製に大きく関与しているのが、「DNAポリメラーゼ」という酵素です。DNAポリメラーゼが働くときは、“超”正確に修復・複製が進みます。

まず、DNAの複製についてお話しましょう。細胞を修復する、つまり体を治すということは、壊れた細胞の代わりに新たに同じ細胞を作り出す必要がありますよね。ご存じの通り、細胞の中にあるDNAというのは二本鎖の螺旋になっており、必ずお手本(A鎖)とコピー(B鎖)の組み合わせになっています。二本鎖ですから、片方がなくなってもお手本を鋳型にしてDNAポリメラーゼが正確に埋めてくれます。A鎖とB鎖があれば、A鎖とB鎖それぞれの書き写しが同時進行で進む。お互いにコピーを一つずつ書き写すことで2セットになりますね。それこそが細胞が2つに増える仕組みであり、体を治すということに繋がります。

DNAが複製されるメカニズム
元々一本だったDNAが分離。DNAポリメラーゼにより複製され、二本のDNAになった。こうした仕組みで細胞が再生する。

DNA複製は途方もない数の文字を、1文字1文字書き写していくという実に膨大な作業です。それでもDNAポリメラーゼによる複製は、まず間違うことがありません。書き写したうえで、間違いないかどうか校正もして、修正が必要だとなれば、不要なものを切り捨てるといった編集作業も行います。私たち人間は1個の細胞から何十兆個と増えていくわけですが、その果てしないプロセスを非常に正確にやり遂げてくれます。ところが放射線は「DNA二本鎖切断」といって、A鎖とB鎖の両方を切ることがある。そうなると修復が大変で、非常に危ないのです。

DNA一本鎖切断と二本鎖切断
強力な放射線を浴びてしまうとDNA二本鎖切断が起き、修復が困難になる。
放射線によって切断されてしまったDNAの様子。

DNA二本鎖切断というのは、人間にとって起きてはいけないことなんですね?

ところが、そうとは言い切れないんです。というより、DNA切断がなければ私たちは存在していません。これは配偶子(精子、卵)をつくる際の細胞分裂である減数分裂において起きることなのですが、父方の遺伝情報と母方の遺伝情報をミックスして切り貼りすることで、両親由来のDNAを均等に入れているんです。その方法が、わざと自分のDNAを二本鎖切断によって傷つけ、それを修復するというものです。次世代につながることなので超正確に行わなければなりませんし、それができないと子孫を残せなくなります。だからDNA二本鎖切断というのは非常に怖い側面と、子孫を残すために不可欠な側面があり、良い面、悪い面の両方があるというのが興味深い点だと思っています。

では、問題は放射線などの要因によって、細胞が傷つくことなのですね?

細胞が放射線に弱いことは以前からわかっていて、とりわけ細胞の分裂期には感受性が高まり、放射線に当たると危険性が増します。その理由は不明でしたが、本研究室が明らかにしたのは、正常な細胞は分裂期において、細胞が傷つこうが何をしようが、いかなる修復も行わない仕組みを持っているということです。普通なら修復しないといけません。とくに細胞が2つに分かれるとき、そこで修復しなければお手本を失ってしまいます。

そこで試みたのが、分裂期に無理矢理に修復させる実験です。遺伝子組換えの方法を用いて、人工的に細胞をつくり変えて、分裂期に修復するようにしたのです。すると、恐ろしいほどDNAの情報が書き換わってしまいました。染色体が原型をとどめないほどに破壊されてしまったのです。これにより生物に備わっているDNA修復の能力が、分裂期に限っては壊す能力に変化してしまうということがわかったのです。

この研究成果をもとに、別の研究グループが調べたのは、そのバラバラになった染色体が、何かの拍子にどこかの細胞に取り込まれると、全然関係のない染色体のところへ混ざってしまい、それががんの要因になるということでした。細切れになったDNAが勝手に他のDNAに入り込むのですから、まるで小説にグラビア写真が入ってしまうようなものですね。

つまり、細胞が間違いを犯すと困ったことになる、という訳ですか。

それも、そうとも言い切れないんです。今、新型コロナウイルスで世の中が大変なことになっていますね。今は誰も免疫を持っていませんが、いずれは免疫ができるでしょう(=収録時)。免疫は、コロナウイルスが体内に入って、それにフィットする抗体を作成することでできていきます。抗体も遺伝子から作られるのですが、そこで情報の書き換えが起こるわけです。その過程では何千通り、何万通りもの方法が試され、そこでは“わざと”コピーミスをしたりして、フィットするやり方を模索していくということを行ったりします。だから間違いというのも、実は利用価値があるんです。

篠原先生の写真

放射線被ばくという特殊な状況じゃなく、普段の生活でがんになる要因はありますか?

ありますね。普段の生活では、「活性酸素」がおもな原因です。呼吸によって体内に取り込まれた酸素の一部が他の物質と結びつくと、高い酸化力を持ってしまいます。細胞は約7割が水でできていますが、水<H₂O>が酸化して水素が飛び、<-HO>の状態になってしまうと「ラジカル」という不安定な物質ができます。ラジカルは本来水素が入るはずの部分に対して強い反応性を持ち、いろんなものを攻撃して、DNAにも損傷を与えます。実は放射線が細胞を通ったとき、水を分解してラジカルを発生させるので、活性酸素がDNAを切るのと、放射線がDNA切るのは、ほぼ同じメカニズムなんです。

しかし、当然ながら私たちが生きるためには酸素が必要不可欠であり、活性酸素はその副産物として発生してしまいます。なので生きている限りは活性酸素からは逃れられません。つまり、長く生きるほどにその影響をより受けるので自ずとがんのリスクは高まるということです。

なるほど!すごく勉強になりました。では、先生の研究からどんな展開が考えられますか?

私が興味を持っているのはDNAが細胞の中で切れてから、何がどういう風に起きるのかというメカニズムです。どのようなきっかけで遺伝子情報が書き換わってしまうのか、修復がうまくいかないとき、どのように細胞ががん化するのか。それがわかれば、がんの原因を突き止められる可能性が開けます。そのなかで悪さをするタンパク質が特定できれば、働きを止めてしまう方法も見いだせるでしょう。そうすると将来的には、創薬までたどり着けるかもしれません。

篠原美紀 教授(近畿大学 農学部 分子生物学研究室)

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