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応用生命化学科

2019/9/30

きのこの生態を解き明かし、世界初のマツタケ人工栽培をめざす。

白坂 憲章 教授/食品微生物工学研究室

先生の研究室では、まだ成功例のないマツタケの人工栽培に取り組んでおられるんですね。

はい。主にマツタケなど有用食用きのこ類の人工栽培という課題に取り組んでいます。マツタケの人工栽培というのは研究における一つのゴールなのですが、最も重要なのは、そのために何をしないといけないのか、という点です。きのこという生き物は実に謎が多く、マツタケに限らずほかのきのこでもわからないことがたくさんあります。人工栽培できるきのことできないきのこ。その違いは何か。研究室の目標としてマツタケの人工栽培を掲げてはいますが、その根幹として、きのこ栽培のメカニズムを科学的に解明していこうというのが根本にあります。そのために育種もするし、栽培もする。生化学的なアプローチもする。だから栽培に興味のある人も、遺伝子工学や生化学が好きな人も、どちらでも興味深い研究だと思います。

マツタケのイメージ

そういえば、あらためて考えてみるときのこって野菜じゃないですよね。

そうです!きのこは植物ではありませんよ。きのこは「菌類」です。なので、きのこ、カビ、酵母は学術的には同じ仲間なんです。酵母は単細胞性で分裂を繰り返して生きていますが、カビやきのこは糸状菌(しじょうきん)と呼ばれ、細胞が糸状で連なった状態になっています。こうした形態的な違いはあるのですが、分類学的にはきのこ、カビ、酵母はいずれも真菌類というカテゴリーに属します。

微生物の分類図

その真菌類の中にもいくつかの分類があり、そのうちきのこを形成するのは、担子菌類や子嚢(しのう)菌類といったグループです。これらは胞子をつくるときの形でわけられています。普段、私たちがきのこと呼んでいるものは、菌類が成長し、肉眼で見ることのできるサイズの子実体(しじったい)を形成した姿です。先ほどきのことカビは学術的には同じといいましたが、カビとの決定的な違いは、肉眼で見えるほどの大きな子実体を形成するかどうかの違いなのです。

ちなみに、子嚢菌類に属する菌類が形成するきのこは、お椀やお盆のような形をしていて、食用きのこは多くありません。食用として馴染みのあるきのこの多くは担子菌類に属する菌類で、マツタケ、シイタケ、ヒラタケ、ホンシメジなどがあります。担子菌の中にも子実体をつくらない種もあり、それはきのことはいいません。高級食材として知られるトリュフがありますが、あれはきのこです。子嚢菌類に分類され、地下で子実体が形成されるタイプです。

いわゆるきのこと呼ばれる「子実体」は何のためにあるんですか?

ずばり、きのこの「生存戦略」の一つなんです。子実体とは、次の世代に自分の遺伝子を残すための造形です。胞子をつくるための器官であり、膨大な数の菌糸からできています。きのこはあの形にならないと胞子を作ることができないのです。その胞子が風で飛ばされたり、雨のしずくと一緒に落ちたり、虫にくっついて移動したり、そして動物に食べられたり、いろんな方法でばらまかれて子孫を残そうとします。きのこの胞子は堅いので、食べられた場合でも何割かは排泄物に残ります。そこに残った菌が違うタイプの菌と交配して繁殖するといわれています。

たくさんの菌株

シイタケは人工栽培されていて、マツタケはできない。同じきのこなのに何が違うんでしょうか?

シイタケとマツタケでは栄養の取り方が異なります。子実体を形成する担子菌類や子嚢菌類には養分の摂取方法が異なる菌があり、それによって木材腐朽菌、菌根菌などと分類されています。スーパーなどで見かけるシイタケなどのきのこのほとんどは、「木材腐朽菌」と言い、木材の組織を分解して栄養源にしているので、木が生きている必要はなく枯死木に付いて成長します。ちなみに、マッシュルームは腐葉土の栄養分を摂っています。

これに対してマツタケは「菌根菌」と言い、木と共生しています。菌根菌は植物の根っこの部分に付いて、土壌中に伸ばした菌糸で植物の根っこが届かない部分から水分やミネラルなどの養分を得て、それを木に供給する。その代わりに木は光合成でつくられた養分をマツタケに渡す。だから木と共生しているというわけです。マツタケなどの菌根菌の方が人工栽培が難しいとされています。

木材腐朽菌と菌根菌の違い

マツタケの人工栽培のために、どんな研究が進んでいますか?

現在、世の中のマツタケ研究のトレンドは、そうした木と菌の共生関係を解明し、人為的に再現して栽培につなげようという発想です。非常に多くの研究があり、特殊なノウハウも存在するため、同様の手法では新しいデータを得ることは難しいと思いました。そこで我々は木と共生させるというやり方ではなく、室内で栽培する方法に挑戦しています。いわば作物工場。システムとして屋内でのマツタケの栽培法を確立しようとしているのが、他の研究とまったく違う特徴的な点です。

それにはまず、マツタケの菌株を増やすことが必要です。施設内で栽培するきのこは、菌床ボトルや菌床ブロックで育てるのですが、ボトルやブロックにびっしり菌が回ることが欠かせません。シメジやエノキはボトルで培養していて、シイタケとマイタケはブロックに菌を植えて育てます。さらに原木に菌を打ち込み、季節に合わせてきのこを出す原木栽培も行っています。またマツタケだけではなく、いろんな種類のきのこを自然界から採種して、菌株の分離栽培、つまり組織や胞子を取り出し培地上で菌糸を培養することで多くの研究用菌株を収集しています。こうして研究用に栽培するきのこ類の安定的かつ多様な供給体制を整え、マツタケの栽培条件をさまざまな角度から検討しています。

マツタケの菌株
研究の末に、マツタケの菌株を大幅に増やすことに成功した。

ところで、マツタケが出るための条件みたいなのがあるのでしょうか?

今調べているのが刺激です。きのこが子実体を形成する上で必要な、温度変化など何らかのスイッチがあるはずです。原木栽培ではスイッチは自然と入るわけですが、人工栽培では子実体を誘導する刺激が必要になる。それが何なのか、試行錯誤を繰り返して答えにたどり着かなければいけません。菌を量産することはできているので、いろんな可能性を試せる段階に入っています。今後はその研究をいっそう進めていきます。

あとは生化学的なアプローチです。きのこが子実体つくる際に、当然ながら生化学的な変化が起きているわけです。それを調べるために、遺伝子解析を試みていこうとしています。通常、動物や植物で遺伝子の働きを調べる場合、ターゲットとする遺伝子をノックアウトする方法が用いられます。特定の遺伝子の役割を抑えたノックアウトマウスなどがそうですね。しかしきのこでは、そういった技術が確立されておらず、子実体形成に関係のありそうな遺伝子を破壊した菌株を用いて実験するということが難しい。しかし不可能ではありません。マツタケにおける遺伝子導入の報告例も1例だけあります。もしターゲットになる部分に遺伝子を導入することができ、特定の遺伝子をノックアウトできれば自分たちのつくりたい菌株ができる。そのためのツール開発を今進めているところで、まずはやりやすいきのこを選んでその手法を見いだし、将来的にはマツタケに応用していくことができればと考えています。

きのこのゲノム情報というのは、動植物並みにデータはあるのですか。

残念ながらきのこ類には、遺伝子解析に必要な全ゲノムやタンパク質のデータベースがほぼありません。その背景には、世の中の解析技術のトレンドは、よりニーズの高い方向に動くため、疾病などの解析に必要なヒトゲノムなどと比べて、優先順位の低い真菌類のデータベースを構築するような動きにはならなかったという事情があります。現在はシイタケやマツタケなど一部のきのこでしか解読されていない状況ですので、きのこのゲノムデータベースを新たに築き上げる研究も前進させていきます。

子実体が出るために必要なゲノムの特定には、大前提としてきのこの数を確保しなければなりませんので、菌を増やしてきのこを栽培する。このことを並行し実施しないと研究が進みません。ですので、栽培、生化学的研究、データベース開発を一体的に行っていくことが当面の方向性です。いずれはきのこの謎を解き明かし、マツタケの人工栽培システムを確立するところまでやり遂げたていきたいと考えています。

白坂 憲章 教授(近畿大学 農学部 食品微生物工学研究室)

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