RESEARCH PICKUP

環境管理学科

2020/10/25

微生物探しは宝探し。秘められた無限の可能性。

森 美穂 准教授/環境化学研究室

先生の研究内容を教えてください。

実は、宝探しをしています(笑)。宝が意味するものは、自然の環境中に存在するさまざまな微生物です。

自然界には、健康増進作用など人体に有益な機能性のある物質が広く分布しています。一般的な事例で説明しますと、カロテノイドという赤、黄色、オレンジなどを示す天然の色素群があります。カロテノイドには何百種類もの色素があり、身近なものでは緑黄色野菜に含まれるβ-カロチンやリコピンなどは聞いたことがあると思います。これらには抗酸化作用、抗がん作用があることが知られていて、数多くの栄養補助食品などに利用されています。今注目されているのがカロテノイドの一種である「アスタキサンチン」という色素物質で、その抗酸化作用がシワの改善に効くということで化粧品に配合されたり、抗がん作用もあることからサプリメントに加工されたり、盛んに商品が開発されています。ちなみにアスタキサンチンは赤を示す色素で、エビやカニといった甲殻類などに含まれています。だからエビもカニも赤いわけです。このような有益な物質を大量に産出できれば、人の暮らしに役立てることができます。

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では、そのような物質をどうやってつくるのか。アスタキサンチンを例にとれば、動物はアスタキサンチンを自らつくることができず、藻類やプランクトンを食べて体内に取り込んでいます。つくり出せるのは植物と微生物だけなのですが、植物を大量に栽培して抽出するのは効率が悪いため、微生物につくらせる方法で産生しています。微生物とは細菌、ウイルス、酵母、カビなどですね。実際アスタキサンチンはある種の微細藻類や酵母からの産生が実用化されています。

このように人間に対して良い生理活性をもたらす物質を自然界から探し当てるとともに、そうした有益な物質を微生物の力を使って産生する研究。これが私の宝探しです。もちろん、カロテノイドはごく一例で、自然界には至るところに宝が隠れています。本研究室では、昆虫の腸内から抗生物質生産菌を取ってくる実験にも取り組んでいるんです。その生産菌がつくる化合物が新規かどうかについても明らかにしようとしています。有益な微生物は環境中のどこにでもいますが、陸上の土壌などはすでにたくさんピックアップされていますので、これからはあまり検討されていない海や生き物の中の宝探しに力を入れていきたいと考えています。

海の中から宝探し、ロマンを感じますね。あと、バイオレメディエーションという言葉を聞いたのですが。

良い微生物を探して有効利用していくのと並行し、悪いものをどう制御するか。これも研究対象です。

「環境ホルモン」という言葉をご存じですか? 今から20年ほど前に環境ホルモンの毒性に関するニュースがしきりに報道され、ダイオキシンやビスフェノールAという化学物質について一般の人もよく耳にする機会がありました。ホルモンとは生体の複雑な機能をコントロールする働きをしており、女性ホルモンは女性らしさ、男性ホルモンは男性らしさをつかさどります。体内に環境ホルモンと言われる有害な化合物が入ると、悪い意味でホルモンと同じような作用を人体に及ぼしてしまいます。環境ホルモンの怖ろしいところは、ごく微量でも生体に作用を発揮するところで、50メートルプール一杯の中に目薬一滴という考えられないような低濃度でも影響してしまいます。さらに、こどもや孫といった次世代への影響も懸念されるほか、どのくらいの濃度でどんな影響が出るという定義が付いていない環境ホルモンもたくさんあるなど、従来の汚染物質にはない側面を持っています。そうした有害な化学物質を微生物の力を使って浄化することがバイオレメディエーションで、この分野の研究も進めてきました。

バイオレメディエーションの説明
微生物の分解する能力を使って、汚染された土壌を無毒化するためなどにもバイオレメディエーションの技術が使われている。

バイオレメディエーションとともに、その分解や浄化のメカニズムを解明する研究。これが実に重要で、化学物質は浄化の過程で毒性が段々と低くなっていくイメージを持つでしょうが、実は変化の中で毒性がより高まったり、より危ない物質に変化したりということが実際にあります。そして、毒性が高くなる途中で分解が止まったりすることが度々あるのです。ですので、環境や人体にとって安全なレベルまで代謝や分解が進む一連のメカニズムを押さえておくことがとても重要なのです。

50mプールに目薬一滴、恐ろしいですね・・・ダイオキシンは聞いたことがありますが、ビスフェノールAは初めて聞きました。

環境ホルモンを疑われている化合物で、身近なものではプラスチックの可塑剤(かそざい)に使われています。プラスチック製品を長時間使ったり電子レンジで繰り返し加熱したりすると溶出してきます。他にはレシートなどのカーボン部分にも微量ですが含まれています。このように、我々は何らかの形で日々ビスフェノールAにさらされていることになり、もともと自然界にはない物質なのに血中から凄く微量ですが検出されます。害については議論がなされているさなかですが、女性ホルモン作用があることはわかっています。過度に取り込むとがんを引き起こすことや、特に言われているのが低濃度でも胎児・幼児に影響が出る可能性があるという指摘です。ただ、ビスフェノールAにはすぐれた代替品がなく、安くプラスチック製品が製造できることから国によっては使い続けられているのが現状です。本研究室では、このビスフェノールAの完全無害化までの全メカニズムの解明をめざしています。

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また、「ジノテフラン」という農薬を分解する菌も探しています。ジノテフランはネオニコチノイドと言われるニコチンを模した分子構造を持つ殺虫剤の一つで、日本で最もよく使われている農薬です。ネオニコチノイド系の農薬は今、欧米では使用の制限や禁止の措置がとられています。以前、ハチの大量死が起き、どの農薬とどう関係するのかがわからず、因果関係を調べるために暫定的に使用を止めている状態が続いています。ジノテフランの微生物による分解は、ようやく2019年に一つの菌について論文があがりました。それでもメカニズムについは判明しておらず、その全容解明にチャレンジしたいと考えています。

では、微生物が環境ホルモンを分解する過程はどうやって調べるんですか?

遺伝子工学を活用します。一つの手法は、ビスフェノールAを分解できる能力を持った「スフィンゴモナス」という菌があり、分解に関係する遺伝子を取り出して、ビスフェノールAを分解できない菌に入れてやる。そうすると、その菌がビスフェノールAを分解できる生物に変わるんです。ということは、スフィンゴモナスのこの部分の遺伝子が分解を担うという証明になります。もう一つは、ビスフェノールAを分解しているスフィンゴモナスのある遺伝子を組み換えなどの技術を使って壊す。そうすると分解しなくなります。すると同様に、この遺伝子がビスフェノールAを分解する遺伝子だとわかる。この2つの方向で証明してきます。

また、いい菌が取れたら全ゲノムを読んでしまう方法も使えます。一般的なバクテリアは2000〜4000個と遺伝子の数が少ないので、この遺伝子がこの反応に関係しそうだというアタリをつけて、実際にその遺伝子を壊してやはり分解しなくなった、などと確認していきます。今はコンピュータを使って作業ができるので、以前に比べてもの凄くスピードアップしています。

ビスフェノールAは、スフィンゴモナスを用いた研究で水と二酸化炭素に完全分解できることがわかっています。その分解に関係する遺伝子を、世界で初めて私が特定しました。

先生が世界で初めて発見した? 凄い成果ですね!

スフィンゴモナス自体を私が見つけたわけではありませんし、この菌によってビスフェノールAが分解されることもわかってはいました。ただメカニズムが解明されていなかった中で、それを明らかにしたということです。しかし、発見したのはその上流過程のみです。そこから下の部分はまだわかっていません。完全無害に至る、最終経路までの分解メカニズム。その解明をやり遂げられるよう研究を続けていきます。

森 美穂 准教授(近畿大学 農学部 環境科学研究室)