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環境管理学科

2023/7/21

微生物を活用し、化石燃料に頼らない低炭素化社会をめざす。

先生は微生物の有効活用について研究されていると聞きました。どんなことに利用するんですか?

微生物を利用したバイオリファイナリー技術の開発について研究しています。バイオリファイナリーとは、木材や稲わらといったバイオマス(生物資源)を原料に燃料や化学品を生み出す技術のことです。今、地球温暖化対策として、さまざまな分野で二酸化炭素(CO2)排出量の削減に向けた試みが展開されています。バイオリファイナリーもその一つであり、石油などの化石資源を使うことなく燃料やプラスチック原料などを製造できれば、CO2の排出が少ない低炭素化社会の実現に貢献できます。本研究室ではバイオマスを微生物に食べさせて、つまり分解させて化合物をつくる研究とともに、バイオリファイナリーに適した微生物を自然環境から探してきたり、遺伝子組み換えによって微生物の能力を引き上げたりすることも行っています。

オイルリファイナリーとバイオリファイナリーの図
化石資源を利用したオイルリファイナリーとバイオマスを利用したバイオリファイナリーの違い。

研究に用いる微生物には当然バイオマスを分解できる能力が必要ですが、それに加えて工業プロセスに耐えられるタフな性質も大切です。例えば、微生物の中には高温条件が好きなタイプもいます。私たちの感覚では35℃くらいに達すると猛暑ということになりますが、微生物のなかには50℃以上で生きる菌は数多くいます。また分布域も広範囲で、南極や欧州にいる微生物が日本にも棲んでいることがあるなど、環境への適応力がとても高い。実際、もともと南極の火山で見つかった微生物が大阪でも発見されたこともあり、今研究に使っているのはその菌です。

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南極の火山と大阪に同じ微生物がいるというのは驚きです。微生物の探索はどんな場所で行うんですか?

高温でも生きられる微生物の探索のために、典型的な方法として温泉地に出向くこともありますが、南極の菌が大阪でも見つかったように、遠くに行かなくても意外と身の回りにいることがあります。興味深いのが、バイオリファイナリーに適した微生物を探索するなかで新種に巡り合うこともあって、最近研究室の学部生が本学のグラウンド内で新種を発見しています。採取した場所にちなんでグラウンドの意味を持つCollibacillus ludicampiという学名を付けました。実はすでに発見されている微生物というのはごく一部に過ぎず、まだ見つかっていない種は山のようにいます。

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微生物の遺伝子を組み換える研究というのは、どんなことをするんでしょうか?

遺伝子組み換えは能力を向上させる狙いで行っているのですが、そもそも人間が利用するうえでパーフェクトな微生物などいません。例えば、お酒をつくっている酵母という菌は糖分をアルコールに分解することはできても、原料である米からそのままお酒にはできない。そこで麹菌という別の微生物を使っていったん米を糖に分解し、それを酵母に食べさせることで酒造りが成立しています。このような2段階の工程を1つの微生物でできるようにしようというのが遺伝子組換えの発想です。方法としては、ベースとなる微生物の足りない部分を他の生物から取って移植するのですが、そのベースの性能が高いほどゴールに近くなります。そのために、できるだけ目的に合致する度合いの強い微生物を探すことに努めています。

バイオリファイナリーでつくれるものは主に燃料でしょうか?

燃料やプラスチック原料などのほか、家畜の飼料もバイオリファイナリーの研究対象です。微生物も細胞であるからにはタンパク質を含んでおり、培養して家畜や魚の飼料として利用することに問題はありません。実は飼料も生産過程でも多くのCO2を出しています。最近話題になっている昆虫食は、食肉を生産するために非常に多くのエネルギーを要するので昆虫をタンパク源にしようという発想。それと同じです。現在の食肉生産はおもに海外から輸入するトウモロコシや小麦などに頼っています。飼料の栽培に使う重機や輸送船の燃料、農業の化学肥料などはCO2の発生源になります。さらに飼料となる植物を育てるには広大な農地が必要になりますが、微生物なら農地は不要ですし、昼夜や季節も問わずに培養できます。バイオリファイナリーで飼料を供給できるようになれば、CO2の削減に加えて食糧問題への貢献にもつながることでしょう。

また日本特有の事情として、森林資源が豊富なわりにあまりうまく活用されていないという現状があります。石油がなくとも森林がある日本で、バイオリファイナリーが実用可能となれば、森林資源の有効活用というメリットも生じます。

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食肉の生産でも多くのCO2を排出しているとは知りませんでした。CO2は人間のさまざまな活動で出ているんでしょうね。

そうですね。エネルギーを使って機械を動かしたり製品を輸送したりすることでもCO2を排出しますので、ものづくりのいろんな過程でどうしても発生してしまいます。今、自動車産業でもEV車(電気自動車)にシフトするなど低炭素社会に向けての機運は高まっているのですが、必要な電力はまだ多くを化石燃料に頼っている現実もあります。エネルギー問題は非常に難しく、最適解がないため多様なアプローチが必要です。だから、バイオリファイナリーも数ある手段の一つとして進めていかなくてはなりません。

企業としても今、いろいろと努力をしています。カーボンフットプリント(CFP)という言葉を聞いたことはありますか? 製品やサービスの原材料調達から生産、流通・販売、使用・維持管理、廃棄・リサイクルまで、生まれてからなくなるまでの全工程を通じて排出されるCO2量を表示するしくみのことで、製品種別ごとに算定ルールが設けられています。同じ製品でCFPが多いものと少ないものがあれば、少ないほうが環境にやさしいとみられます。企業のなかにはバイオリファイナリーに関心を持ち、企業内でも研究が行われていますが、革新的な技術は実用化までに長い時間がかかります。そうした研究は、早く成果を出すことを求められる企業にとっては継続が難しい場合もあると思います。短期間で結果に結びつかない研究は、大学が担うべき役割だと思います。

実用化に向けての現在地は、今どのあたりでしょうか?

実用化はまだ先のことですね。バイオマスから燃料を製造するというアイディア自体は結構昔からあって、第一次世界大戦くらいの頃から考えられていました。戦争などでエネルギー需要が高まる一方、石油の採れる地域は限られているので、木材を原料に燃料を生み出すことを試みてきたという背景があります。

技術的にはすでに可能です。しかし実用化にはコストが合わず、石油を使ったほうが断然安いというのが現在の状況です。コストが高くなる要因は色々ありますが、特にバイオマスから燃料をつくるには、まずバイオマスを化学薬品や酵素で小さく分解するという前工程が必要となり、ここで使用する副原料にかなりの費用がかかります。その問題を解消するために取り組んできているのが、遺伝子組み換えや新規微生物の探索なのです。

バイオリファイナリーに適した微生物を見いだすことができれば、研究が一気に進む可能性が出てきます。これからも探索と遺伝子組み換えを地道に続け、大学の責務を果たす意味でもこの研究を前に進めていきたいと思っています。

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