RESEARCH PICKUP

環境管理学科

2023/1/18

絶滅危惧種の魚を守り、育てる取り組み。
里山ではぐくまれる「ぺたきんの恵み」ブランドとは。

先生はすでに絶滅したとされる魚を発見したそうですが、どのような研究をされていますか?

絶滅のおそれがある淡水魚の保護活動を行っています。実際に私たちが自然環境で見つけて保護までできている魚は2種類あり、ニッポンバラタナゴとタンゴスジシマドジョウという絶滅危惧種です。ニッポンバラタナゴはもともと絶滅危惧種としてよく知られていて、本学のある奈良県ではすでに途絶えたと考えられたのですが、奈良市内で実施した生態調査の過程で偶然に個体群を発見しました。奈良で残存が確認されたのは実に30年ぶりのことでした。

もう一つのタンゴスジシマドジョウは存在がまったく知られていなかった魚で、私たちが発見した新種です。調べてみると、京都府丹後地方の一つの河川にしか生息していないことがわかりました。極めて限られた環境にしかいないということで、すぐに絶滅危惧種と認定されました。あとは私たちの発見ではありませんが、アユモドキという天然記念物に指定されている魚も、人工繁殖や精子の凍結保存などを通じて系統保存に取り組んでいます。

ニッポンバラタナゴ、タンゴスジシマドジョウ、アユモドキは、いずれも絶滅危惧IA類というレッドリストの上位に位置づけられている貴重な魚です。どのくらい貴重かと言えば、イリオモテヤマネコやヤンバルクイナと同じランクです。

絶滅危惧IA類に指定されている「ニッポンバラタナゴ」。

イリオモテヤマネコと同じレベル! すごいですね。どやって絶滅危惧種を見つけることができたんですか?

そもそも狙って探せるようなものではありません。タンゴスジシマドジョウの場合、ドジョウの進化について調査しているとき、あちこちのドジョウを調べる中で偶然見つけました。見た目ではわかりませんのでDNA分析を行うと、塩基配列がまるで異なっていて、結果として新種の発見につながったというわけです。

絶滅危惧種を見つけると、その後は保護活動に携わっていくことになるんですが、そのためには、まずはその魚の生息状況について知る必要があります。生息範囲や分布はどうなっているのか、といったことですね。生息する場所と環境がわかれば、そこを守っていく。そして環境を守ることによって増やしていく。このように、まず「調べる」、そして「守る」「増やす」という流れになるのですが、私たちにはもう一つ、「伝える」という仕事もあります。ニッポンバラタナゴを小学校へ里子に出して飼ってもらったり、観察会や出前授業をしたりして、知られていない貴重な生き物の存在を伝えることにも努めています。

学生たちとともに、市内の小学生と川での生き物の学習を行なっている。

自然の環境で絶滅のおそれがある魚種を、どこで守ったり増やしたりできるのですか?

自然環境に残っているわずかな個体群を、その場所で本来あるべき姿に戻していくのが理想です。研究室で保護しているものはあくまでバックアップ用です。一つの種を守っていくためには、クローンで増やすのではダメなんです。なぜなら、生き物には遺伝子的多様性、つまり個体ごとの個性があります。人間でも一人ひとり違うように、暑さに強い、寒さに強いといった個性があるからこそ、同じ種でもさまざまな環境で生きることができます。もし個性が存在せず皆が等しく同じだったら、ひとたび環境が変わってしまうと総崩れになってしまいます。なので、一つひとつの生物の中にある個体差も維持される形で種を残していく必要があります。

種が絶滅していくのは、やはり環境の変化が原因なんでしょうか?

ニッポンバラタナゴは、ため池によく棲んでいた生き物だったのですが、今は昔ながらのため池が失われています。ニッポンバラタナゴを見つけた場所には当時、それがまだ残されていたので何とか生き残ってくれていました。ただ、そうした場所を維持するためには、人の手で操作をして生息地の環境を管理する必要があります。我々が行っているのは「かいぼり」という日本の伝統的な方法です。ため池は放置すると水が長期間滞留することで富栄養化が進み、酸素不足で魚が生きられなくなります。そのため、毎年池の水を抜き、泥をさらうことで過剰な栄養を取り除いています。自然にできた池というのは水が動いていますが、ため池のような人工的に造成した池は水が固定化されて溜まる一方なので、定期的に水を抜き、泥を掻き出して新しい池の状態にしてやらなくてはなりません。そうすることで生き物たちも生存できた。昔の里山では農閑期にかいぼりを行い、さらった泥は農業の肥料として利用していたんです。

ため池をかいぼりする農学部の学生たち。

なるほど、昔は農業を通じて生態系を守れたんですね。しかし今では……。

そうですね。しかしながら、現代人が昔の暮らしに戻ることはできません。では今の社会で、かつてのように里山を管理・運営していくシステムはできないのだろうか、それを一生懸命考えてきました。山間部で農業をしたいと思う人はそういないし、したとしても利益が出ないので継続が難しい。そこで今、私が取り組んでいるのが「ぺたきんの恵み」というブランド認証制度による新しい農業モデルです。ペタキンとはニッポンバラタナゴの奈良県での呼称です。

具体的には、本学の奈良キャンパスと奈良市高樋町という場所にある里山におけるビオトープ(生息環境)に生息するニッポンバラタナゴとその生態系を保全するため、里山周辺の農地で環境に配慮しながら栽培された農産物を「ぺたきんの恵み」ブランドとして認証します。ニッポンバラタナゴが自然繁殖している健全な生態系で育った農産物という付加価値に加え、認証を受けた農産物を選ぶことで、消費者側も間接的に生物多様性の保全に貢献できることになります。認証システムを立ち上げたのは本研究室を中心とする学生の任意団体で、認証は私や他の先生方などで構成する専門委員が実施します。このしくみを通じて、里山で利益を生み出し、若手の参入を促すことにつながってほしいと考えています。

「ぺたきんの恵み」ブランドとして認証された野菜。

絶滅危惧種が繁殖できる環境で取れた農産物とは安心安全なイメージです。生き物も農業も守れるシステムというわけですね。

里山にはカワセミがいて、カワセミがニッポンバラタナゴを食べるという循環ができています。この里山環境でため池、田んぼ、畑を一体的に運用して、農産物を育ててもらっています。この制度が立ち上がってから、すでに奈良市内のいくつかの飲食店で「ぺたきんの恵み」ブランドを使ったメニューの提供も始まっています。

学外の高樋町にある里山は地主さんから無償で借り受け、私の研究室が運用しています。この地域では過疎化が進み、休耕田が増えています。そこで地主さんが地域を何とかしたいという思いで、我々の活動に賛同して土地を貸してくださっています。若い人が参入してくれれば、地域が元気になります。地域振興と生物多様性の保全、その両立をめざしたいと思います。

生物多様性が大切だとよく言われますが、そもそも、それはどういうことなんでしょうか?

私たち人間が食べているのは生物です。酸素は植物が出してくれています。その植物も虫が花粉を媒介するから実をつけることができます。普段は無自覚でも、我々はこのような依存関係を土台に暮らしています。つまり生活とは、生物多様性が健全に保たれていることが前提なのです。今の社会は私たちの足場がどんどん崩れていっている状態と言えるでしょう。絶滅危惧種を守ることは、なくなりそうなピースを埋め戻し、生態系のバランスを回復させる作業なのです。

多種多様な生き物がいて、それらが関係しあって生きているということは、一つの種が絶滅すると、それを支えている生き物も、生態系のつながりも失われてしまいます。例を挙げると、タナゴ類の魚は二枚貝に産卵します。だから二枚貝がいなくなるとタナゴもいなくなります。その二枚貝の幼生はヨシノボリというハゼ科の魚に寄生したのち、脱落して貝になります。二枚貝はヨシノボリがいないと生きられません。だからタナゴを守ることは、そのつながり全部を守ることになります。一個の生き物の持つ意味は、その生き物だけの問題ではないのです。このことを理解していないと、誰も知らないような生き物を守ってどうするんだということになりますね。

私たち人間は、生物多様性があってはじめて生かされている、という事実を忘れがちです。我々の研究室に「伝える」という役割があることを話しました。生物多様性の意味を伝えていくことも、その一つだと思っています。