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食品栄養学科

2020/10/25

心臓の負担を軽減。食事で心疾患を予防できる社会をめざして。

森島 真幸 准教授/公衆栄養学研究室

先生は心臓に良い食事について研究されていると聞きました。

高血圧や心筋梗塞といった心臓の病気は生活習慣で予防することができます。その中でも食事は最も重要です。心臓の機能を正常に整えることが期待される食品として、私は魚に注目しています。心臓は、生まれてから死ぬまでひと時も休むことなくリズムを刻み続けています。心臓のリズムは、活動電位と呼ばれる電気信号により生み出されており、これを調節するのが「イオンチャネル」です。そして、心臓を動かすエネルギー(ATP)を供給しているのが「ミトコンドリア」です。

イオンチャネルとミトコンドリアの機能を正常に保ち続けることが、心疾患を引き起こさないためには重要であり、それに魚の摂取が有効だと考えています。現在、食の欧米化により高脂肪・高たんぱく食が問題となっています。このような食生活の乱れは、心筋のイオンチャネルやミトコンドリアの働きを阻害し、不整脈の原因となります。不整脈とは心臓のリズムが狂うことで、食生活の乱れによっても誘発されると言われています。不整脈の恐ろしいところは、慢性化してはじめて心電図の異常として表面化することです。そしてさらに、この状態が持続すると、生命に関わるような重篤な疾患に発展することもあるので、早期に発見し生活習慣を改善することが必要です。

魚に注目したもう一つの理由は、「魚好き」という日本人の食習慣を生かしたいからです。65歳以上の男性は、心房細動という不整脈への罹患率が高いと言われていますが、60歳、70歳代の方は若い人(20歳代)よりも魚を多く食べていることが国民健康・栄養調査の結果から明らかになっています。そこをうまく利用したいと思いました。実際、サバなどの青魚の脂に含まれるDHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)は心臓の機能を整えるのに有効な多価不飽和脂肪酸であり、1日の推奨摂取量はサバ1切れで十分だと言われています。

森島先生の写真

DHAやEPAといえば、健康食品やサプリメントの成分としてよく見かけますね。

DHAやEPAは機能性のある栄養成分として注目されています。これまで、公衆栄養学のエビデンスとして、不整脈予防にDHAやEPAの摂取が有益であると報告されてきましたが、実際にDHAとEPAが心臓にどのように効いて、どう作用しているかについてのエビデンスはまだまだ少ない段階で、実際にははっきりとはわかっていません。

EPAが注目されるきっかけとなったのは、海外での栄養調査です。アザラシの肉を食べるイヌイット(グリーンランドの先住民族)では心疾患による死亡率が非常に低いことがわかり、含まれている成分を調べた結果EPAの存在にたどり着きました。その後、欧米などでは大規模疫学研究が実施され、EPAと心疾患との関連について研究が進められてきましたが、思わしい成果は得られていません。EPAには抗凝固作用(血液をサラサラにする作用)があるため、心血管疾患に対して有効であると考えられていますが、サプリメントなどで摂取し過ぎると出血が止まりにくいなどの弊害も起こる可能性があるので注意が必要です。EPAの具体的な数値基準などを含め、これから解明していかなければならないことが多くあります。

私が現在進めているのが、マウスを使ってDHAやEPAが心臓にどう影響を及ぼすのかを調べる研究です。加えて、日々の魚の摂取量と心疾患の関係を裏づける疫学データを得るための調査にも、今後取り組みたいと考えています。

疫学データとは統計調査ですね。どんな方法で行うのですか?

今はまだ検討中の段階ですが、健常人を対象とした「前向き研究(コホート研究)」を実施して魚の摂取量と心機能変化との因果関係について研究したいと考えています。コホート研究は、現在健康な方(心臓の病気を疑われていない方)を対象として、1年後、3年後、10年後といったように、食生活と心機能変化について未来に向かって長いスパンで追跡調査する方法です。各施設や企業などで毎年実施される健康診断の機会に参加させていただき、心電図を測定するタイミングで食事調査と栄養指導に入る形になるでしょう。食事調査では、食物摂取頻度調査法を用い、「どのくらいの量の魚を週に何回食べていますか?」といったことを質問します。人によって、量の感覚は違いますので調査の際には、フードモデルを手元に置き「このくらいの魚で、何切れ食べた、何匹食べた」とできるだけ具体的な数値が分かるように聞き取っていくイメージです。

聞き取り調査のレクチャーを受ける学生の写真

ところで、イオンチャネルとは何ですか?

簡単に言うと、イオンが細胞膜を通過する際のゲートのことです。細胞の内と外では環境が大きく違います。そもそも生体は海で誕生し、やがて陸へ上がって来ました。よって細胞の外側、すなわち細胞外液に豊富に存在するイオンは海水と同じナトリウムイオン(Na+)です。一方で、細胞内に多いのはカリウムイオン(K+)です。細胞膜は特定のイオンだけ通す小さな穴が開いており、これがイオンチャネルです。心臓の細胞、すなわち心筋細胞の細胞膜上にも数多くのイオンチャネルと呼ばれるタンパク質が存在していて、それぞれ特定の種類のイオン(Na+, Ca+, K+など)を細胞内外へ出し入れすることで活動電位を生み出し、心臓は動いています。つまり、心臓はイオンチャネルが発生する電気により拍動しているのです。イオンチャネルの働きにより活動電位が形成され、その電気活動を心電図波形として私たちは評価できるわけです。不整脈とは、心臓の正常なリズムが狂うことで、イオンチャネルの異常はその原因の一つです。実際に不整脈の患者さんに処方されている薬の多くは、イオンチャネルの働きを調節する薬剤です。

細胞膜には選択的に特定のイオンのみ透過できるゲートがある。

細胞にこんなゲートがあるとは驚きです! では、イオンチャネルは電気信号をつかさどり、ミトコンドリアはエネルギーをつかさどるということですね。

その通りです。ところで、心臓を意識して動かしたり、止めたりしたことはありますか? 無理ですよね(笑)。人間の意思とは無関係に自発的に動いている臓器は心臓だけなんです。手は動かしたいときに動かせて、呼吸も意図的にできます。自動で動いてくれているように見える胃腸などの消化管も、食事という意図的な行為と連動します。それに対して、寝ている間もずっと、規則的かつ一定のリズムを刻みながら自ら動き続ける。このような臓器は唯一、心臓だけなのです。このため、心臓が拍動し続けるためにはもの凄いエネルギーが必要となります、そのエネルギー源となるのがミトコンドリアで産生されるATP(アデノシン三リン酸)という物質です。

心臓にはミトコンドリアが豊富に存在しており、ATPの産生に加えてもう一つ重要な機能を担っています。例えば、バランスの悪い食習慣やストレスなどにより産生される活性酸素種は通常は、ミトコンドリアの中で産生され、消去されています。この産生と消去のバランスが崩れると、細胞内の活性酸素種を消去しきれなくなり、次第にミトコンドリア自身がダメージを受けます。ミトコンドリアが障害を受けると、心臓は正常な機能を担えなくなるため、産生されるATPよりも除去できずに蓄積した活性酸素種が上回り、細胞にさらに負荷がかかるといった悪循環に陥ってしまいます。このように、ミトコンドリアの機能は心臓の正常な拍動のためには重要です。

なるほど。心臓が絶え間なく拍動するためにはとてつもないエネルギーが必要なんですね。では、先生が進めておられる研究の具体的な内容を教えてください。

魚に含まれるEPAとDHAが、ミトコンドリアとイオンチャネルどのような影響を及ぼすのかを調べています。

マウスの心臓から心筋細胞を単離して細胞培養を行います。その際、通常培養のグループとEPAおよびDHAを培養液に添加したグループに分けて細胞応答の違いを調べて行きます。さらに、高脂肪食に多く含まれている飽和脂肪酸を添加した病態グループもつくり、心筋細胞に存在しているイオンチャネルがどのように変化するかを評価しています。ミトコンドリアが正常であれば蛍光を強く示す試薬を用いて細胞を染色し、ミトコンドリアの元気度を評価しています。

すると、飽和脂肪酸(病態グループ)で培養した細胞ではミトコンドリアの元気度を示す蛍光色素の輝度値が低く、EPAを投与したグループでは輝度値が高いという結果が得られました。また、EPAによる予防効果を検証するために、飽和脂肪酸を投与する前にEPAを添加したグループでの実験も行いました。すると、飽和脂肪酸のみのグループではミトコンドリアはほとんど光りませんでしたが、事前にEPAを作用させると輝度値の回復がみられ、EPAには予防効果があるという結果が得られました。また、イオンチャネルの発現異常もEPAを事前に作用させることで予防できることも見つけました。

心筋細胞の写真
心臓を構成する心筋細胞

おいしく魚を食べて、心疾患が防げるなら素晴らしいことですね。

私がこの研究をはじめた動機は、自分で気がつかないうちに心機能が悪くなったという方が少なくない中で、食事を工夫することで心臓病を防ぐ、そのための指標をつくれないかと思ったことです。実際に、アメリカでは心筋梗塞などの心疾患で亡くなる人を減らすために、DASH食(高血圧予防のための食事法)が考案されています。心疾患が重症化する前に予防する手だてとして、魚中心の食事を推奨していくためにもEPAの効果や適正量を明確にし、心疾患を予防できる社会をつくりたいと考えています。

森島 真幸 講師(近畿大学 農学部 講習栄養学研究室)