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水産学科

2019/9/30

「獲りながら護る」。持続可能な漁業のために。

先生の研究「魚の行動追跡」とは、どんなことをするのですか?

小型の発信機や記録計などを活用して、漁業の対象魚が「いつ、どこで、何をしているのか」について調べています。対象魚は、マダイ、キハダ(マグロ)、ソデイカ、今回お話しするビワマスなどです。研究のスタンスとして、水産学科らしく「おいしい魚をいつまでも食べ続けるために」を掲げています。今話題の「持続可能な開発目標(SDGs)」に「海の豊かさを守ろう」という項目がありますので、それとも関わってきますね。

光永先生の写真

ビワマスとはどんな魚ですか? おいしいんですか?

日本の琵琶湖だけに生息する魚です。名前は琵琶湖のマスですが、種類としてはサケ科の魚です。サケの仲間であるものの、一生を淡水で過ごします。もともと琵琶湖を海と勘違いして住み着き、次第に環境になじんでしまった。このような魚を陸封型といいます。

それと味ですね。とてもおいしいですよ。JF全漁連(国際水産物流通促進センター構成員)主催の「第4回Fish-1グランプリ」(2016年度)で滋賀県の「天然ビワマスの親子丼」が「プライドフィッシュ料理コンテスト」のグランプリを獲得しています。それくらいおいしい魚で、地元では昔から郷土料理として親しまれている一方、漁獲量が少なくあまり市場には出回りません。ビワマスというのはちょっと心配な魚でして、準絶滅危惧種に指定されています。現時点ではそれほど絶滅の危険度は高くないものの、生息条件の変化によっては絶滅危惧に移行する可能性があるという位置づけです。おいしいしたくさん食べたいけど、同時に護っていかなければならない魚なのです。

ビワマスの写真
琵琶湖にのみ生息する「ビワマス」の成魚。サケ科の魚だけあって見た目は私たちがよく知るサケに似ている。

研究のコンセプトは「相手(ビワマス)のことを良く知る」です。ビワマスがいつ、どこで、何をしているのか。よく獲れる場所や時期はきっとあるんです。餌を食べる場所と時期が分かれば釣りに行けるし、群れで泳ぐタイミングが分かれば網を仕掛けることができます。やり過ぎると獲り過ぎになりますが、ビワマスの行動特性を把握できていれば、あえて獲れる場所と時期をずらすことも可能になります。禁漁場所や時期を設定するなど。つまり「獲る」「護る」、どちらもコントロールできる。「獲る」と「護る」は字もそっくりですが、表裏一体の関係なのです。また、場所と時期を知っていれば必要な量だけを素早く獲れるので、時間と労力に燃料代も節約でき、スマート漁業の実現にもつながります。

「獲ると護るは表裏一体」、深いですね。具体的にはビワマスのどんな行動を調べているのですか?

琵琶湖で過ごす期間、どこにいるかです。ビワマスはサケと同じで、産まれた川に戻って産卵します。稚魚から幼魚になった段階で琵琶湖へ降りてきて、2年~4年の間を琵琶湖で過ごして成魚となり、再び産まれた川に遡上していくというサイクルをとります。産卵期は10月中旬~11月下旬なので10月と11月は禁漁期、25センチ以下の若魚も獲ってはいけないというルールがあります。よくわかっていないのが、琵琶湖で過ごす2年~4年のことです。どこにいて、どのくらいのスピードで泳いで、どこまで潜っているなど、そのあたりのことが全然わかっていませんでした。

調査には発信機や記録計を使います。それらをビワマスのお腹に埋め込み、縫合してから琵琶湖に放ちます。ここで活きのいいビワマスが必要です。以前から刺し網といって前の晩に網をかけて翌朝に捕まえていたのですが、そのやり方だとどうしても魚が弱ってしまいます。活きた状態での捕獲のために、最近では引縄釣(ひきなわつり)、つまりトローリングが普及してきています。私は船舶免許に加えて、プロの漁師の免許も持っていますので、それを生かして実際に操船もしながらルアー(疑似餌)で釣っています。

発信機を仕込んだビワマスを受信機搭載の船で追い、超音波の信号をキャッチします。個体番号などが暗号化されているので、それぞれのビワマスがどこまで潜って、そこがどんな水温だったのかが船に伝わってきます。船の位置はGPSでわかります。カーナビを見ながら魚を追いかけるようなものです。

追跡調査の写真
発信器を対象に埋め込み、船に乗って追跡調査。

ビワマスはゆっくりですが、ずっと泳ぎ続けています。追いかけていると、ビワマスが仕掛けられた網の付近に差し掛かる時、うまくよけているのを見ることがあります。結構見えているんです。調べたところ、20メートル先にいる5センチのアユを視認できる視力がありました。成長するにつれて斜め上がよく見えるようになり、成魚は人間における0.13の視力を持つようになります。

船で追いかけていくと、どこまで潜って、そこがどんな水温だったのかが逐一記録されます。データをまとめると、水深20メートルあたりをよく泳いでいるのがわかります。理由は餌です。ビワマスはアユを好んで食べ、アユは水温の高い表層にいます。ビワマスはサケの仲間なので冷たい水が好きですから、水温の低い深層のほうがいいわけですが、20メートル付近にいると、アユを見つけたらちょっと暑いけど食べに行ける。その後、涼しい場所にも早く戻れる。餌と好みの水温がある、ギリギリのポイントで斜め上を見ながら待ち伏せているという戦略がみえてきます。

発信機を仕込んだビワマスをずっと追いかけるんですか? 大変な作業ですね。

他にも待ち伏せる方法もあるんです。船でずっと追いかけるのはたしかに大変ですし、夜間は危険なので航行しません。そこでペットボトル大のまちぶせ型受信機という機器を琵琶湖大橋の橋げた、観測塔、漁師さんの定置網などに、計36台設置させていただき観測しています。発信機を仕込んだビワマスが受信機の半径100メートル以内を通りかかると記録が残るようになっています。まちぶせ型受信機は100日以上の長期間の観測が可能で、どのビワマスが100日の期間内にどの受信機の近くを通ったのかが記録されますから、その間の行動範囲が分かります。なかには秋に向けて行動範囲がだんだんとせまくなった魚もいましたが、おそらく産卵のために産まれた川を探していたと考えられます。

待ち伏せ観測の写真

長期間観測しますと、最高記録もどんどん更新され、スピードは人間の速足ほどの時速5.4キロ、潜行の深さは73メートルなどが記録です。昼夜毎の行動の傾向もわかり、夜間はほとんどが水深20メートルから40メートルくらいの場所にいるのに対し、昼間はいろんな水深を動き回ります。73メートルの記録も昼間のことです。これは餌の場所と関係していると推測でき、表層付近にはアユ、湖底にはアナンデールヨコエビがいます。一発ステーキ(アユ)狙いか、底でおやつ(アナンデールヨコエビ)を食べるか、どちらが得なんでしょうか。まぁ、そんなこともデータを見ながら思案しています(笑)

記録計を仕込んだビワマスはどうなりますか?

記録計の中にデータがありますので、再捕獲します。記録計を仕込んだ調査は追跡や観測することなく、長期間の詳細なデータが取れるのが利点ですが、絶対条件として、仕込んだビワマスをもう一度捕獲する必要があるわけです。そのために漁師の方々や食品加工会社の方々の協力を得なければなりません。琵琶湖じゅうに「タグのついたビワマスをさがしています。タグは『KINDAI○○○○=○は番号』です」という写真付きのビラをまいて連絡を待ちます。

琵琶湖じゅうに配布されたビラ。

長期間というのはどのくらいですか。

1カ月後や3カ月後、なかには1年後など、いろんなデータが取れます。記録計のデータを読み出してみると、夜間は目が見えないのか、同じ水深を泳ぎ続けて、周囲がみえるようになる昼間は深い場所まで活発に潜っています。季節によっても行動が変わり、水温のあがる夏場には深いところに潜り、体温を一定に保つようにします。人間でいえばクーラーの効いた場所に逃げ込むようなものでしょうか。

以上のようなデータから、時期や時間帯によってどの水深にいるのかがわかってきました。だから時期や時間帯を選んで、その水深に網を仕掛ければ必ず獲れます。同時に獲りすぎを避けるために、その時期や時間帯をずらすことも選択できます。あとは一匹のビワマスが琵琶湖じゅうを泳いでいることも分かっていますので、自分のところだけ漁獲量を守ってもだめだということです。琵琶湖全体の資源を皆で護る認識が欠かせません。

奈良県のダムでも研究活動をされているそうですが。

はい。そこで扱っているのは、増え過ぎて困っている外来魚です。例えば、日本で二番目に大きな湖である茨城県の霞ケ浦では、以前からオオクチバス(ブラックバス)やブルーギルといった外来種が増え、とりわけ近年はチャネルキャットフィッシュ(アメリカナマズ)が爆発的に増加し、地元の漁業に大打撃を与えています。奈良県の布目ダムでも、チャネルキャットフィッシュが見つかっています。布目ダムは奈良市に位置し、ヘラブナ、ワカサギなどの釣り場として有名で、漁協があります。このままチャネルキャットフィッシュが増え続けると、遊漁にも大きなダメージとなります。近畿大学農学部は奈良県と包括的連携協定を結んでいますので、その一環として奈良県とともに実質的な防除の方法を開発する方向で研究を進めています。

チャネルキャットフィッシュの写真
布目ダムで捕獲されたチャネルキャットフィッシュ(通称アメリカナマズ)。

やり方はビワマスと同じ。チャネルキャットフィッシュに発信機を仕込んで、ダムの様々な場所に受信機を設置して待ち伏せる方法です。発信機はビワマスと違って外に付けます。チャネルキャットフィッシュは異物を排出する機能が発達しているので、お腹に入れると出てしまうのです。チャネルキャットフィッシュの場合S、M、Lと、サイズごとにも行動解析をしています。同じ防除するなら産卵を控えたLサイズを取り除いたほうが効果的だからです。行動解析の結果、防除するなら時期は夏、場所は中流の深いところ、そこにLサイズが多くいることが分かっています。今後もっとポイントを絞れたら、その地点に延縄(はえなわ)をたくさん仕掛ければ有効かもしれません。

ビワマスもチャネルキャットフィッシュも、「いつ、どこで、何をしているのか」を探っています。前者は在来種を獲りながら護るため、後者は在来種を護るために獲るいうことになりますが、共通点は漁業を持続的に行えるようにすることです。この研究を通じて、漁師さんの生活を守り、ひいては日本の食文化を守ることにつなげていきたいと思っています。

光永 靖 教授(近畿大学 農学部 漁業生産システム研究室)