RESEARCH PICKUP

応用生命化学科

2023/1/18

天然物から「くすりの種」をつくる研究。
南米産の樹木、タヒボに含まれる「NQ801」の効果とは?

飯田 彰 教授/生命資源化学研究室

先生は植物から人間にとって有用な化合物を見つける研究をされているんですね。

端的に言えば、医薬品の“種”を見つける研究です。研究室には大きく3つのテーマがあり、天然物班、合成班および細胞班にわかれて研究しています。天然物班は植物、カビ、カルス(植物細胞の塊)を対象に生物活性のある有用な物質を探します。合成班はその成分を人工的に合成するとともに、天然物の構造を基本に一部を改変した誘導体も数多くつくります。例えば抗がん活性のある化合物なら、その効果をより高めるものを作成するということです。その上で合成は不可欠なプロセスです。なぜならば化合物の構造決定はかなり大変な作業で、間違うこともある。決めた構造が正しいかどうかを確認する意味でも化学合成はやっておく必要があります。探索、合成の次は評価です。細胞班は抗腫瘍や抗炎症などの効果を測定したり、メカニズムを調べたりします。このように一つの研究室で探索・合成・評価という一連の流れを持ちながら、医薬品の種、あるいは健康食品に応用できる天然物を見いだそうとしています。

では、天然物をお手本とするのはなぜか。何もないところからつくれないこともないのですが、天然物は人智を超えた、人間では考え出せない構造を持っています。実際、世の中に出回っている薬品の半分は天然物もしくは天然物由来で、人間が頭で考え作り出したものは半分しかありません。よく知られている薬ではアスピリンやペニシリン。解熱鎮痛薬のアスピリンは植物由来で、抗生物質であるペニシリンはカビ由来です。漢方薬や生薬も植物のいろんな成分が有効に働きます。天然物の興味深い点は、例えば抗腫瘍活性がある天然物からさらに抗ウイルス活性や抗菌活性が見つかるといった、すでに生物活性が判明した化合物から異なる活性を発見するケースもあることです。このような広がりは、天然物特有の深さと言えます。

なるほど、天然物由来のものが多いんですね。特に力を注いで研究してこられた天然物は何ですか?

私の研究室でメインで扱っている植物は、南米アマゾン川流域に自生する「タヒボ」という樹木です。高さ30メートル以上、直径1.5メートルにまで成長する大木です。タヒボはインカ時代から利尿作用や収斂作用(止血・沈痛・防腐)、あるいは皮膚病などさまざまな病気に効果のある民間薬として利用されてきました。近年では、タヒボの樹皮に含まれる成分が抗がん、免疫の活性化、抗菌、抗アレルギー、抗炎症、骨吸収の抑制、内蔵脂肪蓄積の抑制など、実に多様な生物活性を示すことがわかってきたのです。私はタヒボが持つどの成分が抗がん活性に有効なのかを研究してきました。乳がん細胞を使った実験ではタヒボのエキスを3mg/mlの濃度で入れてやると、がん細胞がバラバラになって死んでしまう。つまり、がん細胞を攻撃している成分があるということが分かります。そこでタヒボに含まれるさまざまな成分を抽出し、それぞれについてがんを抑える効果を確かめていきました。その中で最も効果が大きかったのが、植物色素の一種である「NQ801」という化合物です。

タヒボにはいくつかの樹種があるのですが、薬効が確認できるのはアマゾンの中でも特定の地域に自生する樹齢30年以上の樹木だけです。若いタヒボでは活性成分が出ないんです。しかも樹皮の内側7mm内にしか成分が存在せず、こんな大木でも取り出せるNQ801の量は1本あたりわずか3gほど。薬効のあるタヒボは特定の地域でしか育たず、人工栽培もできません。

タヒボの木(左)と木の断面(右)。「NQ801」は特定の地域に自生し、樹齢30年以上、直径1.5m以上の大木の厚さわずか7mmの内皮にしか存在しない。

たった3g... そんなに微量しかNQ801が取れないのであれば、とても高額になるということですか?

天然物ではコストが合わず、とてもじゃないけど実験はできません。だから合成するのです。生命資源化学研究室ではNQ801の化学合成に成功しており、タヒボの樹木から微量しか得られないNQ801の大量供給を可能にしています。この化学合成法は特許を取得しており、合成であれば何百グラムでもつくり出せますので、どんどん研究につぎ込めます。そこでNQ801の持つさまざまな活性を明らかにする実験を進めてきました。

いくつもの興味深い実験結果が出ています。NQ801のヒト由来がん細胞に対する増殖抑制効果を試した実験では、抗がん剤であるマイトマイシン(抗がん性抗生物質)との比較を行いました。前立腺がん細胞などいくつかのがん細胞と比べてみたのですが、マイトマイシンと遜色のない結果が得られています。抗がん剤にはどうしても副作用の問題があるのですが、NQ801は正常細胞には害を及ぼさないということもわかっています。実際にタヒボを使ってがん治療を行うクリニックもあります。ある病院の事例で、抗がん剤を使いたくないと訴えるがん患者に対してタヒボと放射線による治療を行った結果、きれいにがんが消えたようです。症例の写真も見せてもらったのですが、すごく効いているのがわかります。あくまで自由診療においてですが、このように抗がん剤の代わりにタヒボを使用する医師もいます。

NQ801でがんが消滅!? すごい成分ですね。

がんの予防効果についても実験しています。人工的にパピローマ(乳頭腫)ができるように細工したマウスを用意し、皮膚にタヒボを塗ったマウスと、何もしなかったマウスを比較しました。パピローマは良性腫瘍ですが、放っておくともちろん悪性化します。何もしなかったグループは全部腫瘍ができました。タヒボで処理したグループは腫瘍の数が減るとともに、腫瘍ができるまでに1週間の遅れがありました。人間でいえば3〜4年発症が遅いことになります。NQ801に限定して処理すると3週間遅い。人間でいえば10年のずれです。要はがん予防効果があるということです。

さらに近畿大学農学部応用細胞生物学研究室との共同研究で、タヒボには骨吸収を阻害する成分があることもわかりました。つまり、骨粗しょう症にも有効ということです。特に骨粗しょう症にかかりやすいのは高齢の女性です。動物実験では、閉経した高齢女性のモデル動物として、卵巣を取り除いたマウスを作成しました。そのマウスに微量のタヒボエキスを加えた餌を与えたところ、細胞レベルで骨吸収阻害活性が確認できましたが、それだけではありませんでした。タヒボ入りの餌を摂取したグループは太らないことも判明しました。太るというのは高齢女性に典型的にみられる現象ですが、タヒボは内臓脂肪の蓄積も抑制したのです。

抗がんや抗炎症、骨吸収、内蔵脂肪の抑制など、これらはすべてアンチエイジングにつながるものです。抗酸化活性と抗炎症活性は別個のものに見えますが、炎症のあるところにがんがある。逆に、がんがあるところに炎症がある。タヒボにはこのようなアンチエイジングに関する成分が複合的に入っています。普段からタヒボ茶やタヒボの健康食品を摂る生活をすることで、健康を維持できるかもしれませんね。

活性成分が判明しているタヒボの薬理作用

タヒボを使ったお茶や健康食品はすでに製品化されているんですね。

本研究室の基礎研究の成果をタヒボジャパン株式会社(大阪市)に提供し、同社からタヒボを使った健康茶などが製品化・販売されています。タヒボ茶、タヒボエキスの錠剤や顆粒、栄養機能食品、化粧品などのほか、機能性食品の表示を取得した製品も販売されています。機能性食品としての開発が進めば、がんの予防のほか、幅広い健康効果をもつサプリメントなどの製品化にもつながっていくでしょう。

一つの植物でこれだけの薬理成分が含まれているものは、タヒボ以外にそうはありません。これを何とか医薬品の種として活かしていきたい。そのために重要なのはエビデンスの確立です。NQ801が、がん細胞を縮小させるメカニズムについては判明している部分もあるのですが、現象を見ると複数の要因があるはず。それを明らかにしていくのが今後の研究課題です。