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可視化技術の開発と応用

質量分析イメージング(イメージングマススペクトロメトリー)で見えないモノを見る

 このテーマでは「見る」ということにこだわって、「何が」、「どこにあるのか」を質量分析イメージング(MSI)という手法を用いて明らかにしようとしています。MSIとは質量分析法をもとにした新たな可視化手法であり、抗体やラベル化を必要とせずに分子の局在を明らかにすることができます。研究者によって、イメージングマススペクトロメトリー(IMS)、イメージング質量分析、質量顕微鏡法などとも呼ばれますが、基本的にはどれも同じ分析法を指しています。  これまで見えなかったものが見えるようになる一方で、「なぜそこにいる?」など、発見した事象の生物学的な解釈に対する多くの疑問が生じています。今後、MSI研究を通じて行いたいことは、発見した代謝物の特徴的な分布の生物学・病理学的な意味の解明です。本研究室では、これらの疑問に対する研究に共に取り組んでくれる学生さん、共同研究者、共同研究企業を求めております。興味のある方は是非ご連絡下さい。財満 zaimanobuhiro (a) gmail.com( (a) を@に変更してください)

1農林水産物の中の不思議な成分分布

 これまでに様々な成分を可視化してきましたが、なぜそうなっているのかよくわからない不思議な分布によく出会います。下の図は、お米の測定(Rapid Commun Mass Spectrom 2010)で出会った不思議な分布です。ここでは、お米の胚乳(通常食べるお米の白い部分)に含まれる油の分布を異なる色で示しています。リノール酸を含む油が青、オレイン酸を含む油が赤、ステアリン酸を含む油が緑です。胚乳の中でそれぞれが多く存在している場所が違うように見えます。下の画像は3つを重ね合わせて一つの画像にしたものです。



▲お米の胚乳中のリゾリン脂質の分布

 お米は日本酒の材料となるのですが、大吟醸などの上質と言われる日本酒を醸造する場合、お米はそのままでは使うことができず、磨く(精米する)必要があります。これはお米を外側から削っていく作業で、大吟醸に使われるお米は、50〜65%程度削って、内側の芯の部分だけを使用します。お米を丸ごと使うと雑味が生じ、内側の部分だけを利用することで香り豊かな日本酒が醸造されます。日本酒の香りの主要成分の一つである酢酸イソアミルはアルコールアセチルトランスフェラーゼという酵素の作用で合成されるのですが、この作用はリノール酸やオレイン酸などの不飽和脂肪酸によって抑制されると報告されています(A. B. Mason et al. Yeast 2000)。お米の画像を見てみますと、リノール酸やオレイン酸は精米で削られる外側に多いようです。この画像は、おいしい日本酒を醸造するために精米が必要な理由(外側を除去する理由)を、コメに含まれる油の観点から視覚的に説明しうる図かもしれません。

2農林水産物の中の機能性成分の分布可視化

 食品の中には、疾患を予防する効果を有するものがあることはよく知られています。食品に含まれる疾患予防効果を有する成分は、機能性成分と呼ばれます。このテーマでは、機能性成分はいったいどこにいるのか、ということに興味を持った解析を行ってきました。これまでにアントシアニン、GABA、イソフラボンなど様々な農林水産物中の機能性成分の可視化を行ってきました。下の図は、ブルーべリーの中のアントシアニンの分布です。アントシアニンには、構造がわずかに異なる様々な分子種が存在するのですが、全員同じ場所にいるわけではなく、分子種ごとに分布場所が異なるようです。アントシアニンは、紫黒米と呼ばれるお米にも含まれているのですが、このお米に含まれるアントシアニンも特徴的な分布をします。


▲ブルーベリーに含まれるアントシアニンの分布


3栄養学への応用 摂取した機能性成分はどこへ行く?

 機能性成分が私たちの体にとって有用な作用を有することはよく知られていますが、摂取した機能性成分は体の「どこ」にたどり着いているのかに関する情報は多くありません。我々は、摂取した機能性食品成分の体内動態を「見る」ことによって、機能性食品成分がどの臓器にどのような代謝体で移行するのか、組織代謝にどのような影響を与えるのかを明らかにすることを目指しています。この解析は農林水産物中に存在する機能性成分の可視化よりも難易度が高いのですが、機能性成分の分布を理解することで、機能性成分の作用機序の解明や相乗効果のある成分の組み合わせの提案など、幅広い研究の広がりが期待できるため、地道に取り組んでいます。



 これまでに以下の2成分の体内動態を可視化した5つの論文を発表しました。

@EPAリッチな魚油を投与したマウス精巣におけるEPA含有リン脂質の分布
 EPAが欠乏した状態のマウスにEPAが豊富な魚油を投与して、EPA含有リン脂質の分布を観察しました。EPA含有リン脂質は精巣の全域に供給される「のではなく」、まず間質に特徴的に分布するようです。間質では男性ホルモンが産生されるのですが、EPAリッチな魚油を摂取したマウスでは精巣内及び血中のテストステロン量が上昇していました。EPAはテストステロンの産生の場の間質に到達することによって、その産生に関与しているのかもしれません。
(この研究にご興味を持っていただける方は原著論文をご覧ください。https://doi.org/10.1016/j.bbrep.2016.06.014)。

Aアントシアニン分子種の眼球周囲組織への分布
 体内に取り込まれたアントシアニンは外眼筋に分布しやすいようです。アントシアニンは眼精疲労に効果があるとの報告がありますが、外眼筋の酸化ストレスを緩和することにより、眼精疲労を予防しているの「かも」しれません。
(この研究にご興味を持っていただける方は原著論文をご覧ください。http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/rcm.8050/full)。

B腹部大動脈瘤壁におけるEPAの分布
 モデル動物に形成される腹部大動脈瘤壁のEPA含有リン脂質を可視化したところ、特徴的な分布をとる(EPA含有リン脂質がいるところといないところがある)ことを発見しました。教科書的にはEPAは細胞膜のリン脂質に取り込まれるということになっているので、この結果は予想外の結果でした(血管壁の全層に分布していると思っていました)。特徴的な分布をとる原因は、特定の細胞に取り込まれていることに起因すると考えて免疫染色による分布比較を行ったところ、M2マクロファージマーカー陽性細胞と一部一致することを見出しました。ヒト腹部大動脈瘤患者でも同様の結果が観察されました。M2マクロファージマーカー陽性細胞だけでEPA分布の全てが説明できるわけではないので、これとほかにどのような細胞分布と一致するのかということを現在研究しています。
2022年6月追記 上記↑のような背景のもと、M2マクロファージ以外にEPAと分布が一致する細胞成分を探索したところ間葉系幹細胞(MSC)が一致する細胞であることを動物とヒト組織を用いた解析で見出しました

この研究にご興味を持っていただける方は原著論文をご覧ください。
M2マクロファージ
モデル動物(Food & Function 2021)
https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2021/fo/d0fo03317k
ヒト(J. Lipid Res. 2022)
https://www.jlr.org/article/S0022-2275(22)00033-5/fulltext
間葉系幹細胞
モデル動物&ヒト(Food & Function 2022)
https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2022/FO/D2FO01102F

4医学・生物学への応用

 疾患を発症もしくは悪化させる原因がどこにあるのかを分子レベルで「見る」ことによって、疾患発症機構の解明、創薬や機能性食品開発につながる知見を得ることを目指しています。MSIによる病態検査手法により、動脈硬化、腹部大動脈瘤、静脈瘤、腎臓癌など複数の疾患で、代謝異常を新たに見出しました。これまでに代謝異常を見出した疾患は、ヒト、動物、細胞のレベルで治療・予防法の確立、疾患発症機構の解明を目指した研究を行っています(詳しくはTGCV AAA のページをご覧ください)。最近、本研究室の学生さんのおかげで、MSIで見出した特徴的な代謝物の分布の生物学・病理学・食品科学的な意味のいくつかを明らかにすることができました。



これまでに発表したMSI関連論文の主な内容

原著論文
原田ら Anal. Chem. (2008) 
・・・瀬藤光利先生(浜松医科大学)代表のプロジェクトによって作成されたMSI装置の報告。現在、この装置はイメージング質量顕微鏡(iMScope)として島津製作所から販売されています。本論文の責任著者は瀬藤先生です。財満はプロジェクトに参画させていただきました。
財満ら J. Oleo Sci. (2009)
・・・メダカ切片中の代謝物分布を可視化。古い論文なので、この時点では多くの代謝物が同定できていませんでした。
井上ら Anal. Sci. (2010)
・・・ナス切片中の代謝物を可視化。
財満ら Rapid Commun. Mass Spectrom. (2010)
・・・コメ切片中の代謝物を可視化。
財満ら J. Oleo Sci. (2011)
・・・TLCで展開した脂質を可視化。TLCで展開した脂質のMSIによる分析法は井上菜穂子先生(現 日本大学)らが確立した方法を利用しています。
榎元ら Anal. Bioanal. Chem. (2011)
・・・マウスの舌の代謝物を可視化。
財満ら Atherosclerosis (2011)
・・・MSIを用いた新たな血管病理解析手法の提案と有効性の実証。粥状動脈硬化巣における代謝物分布の特徴的な分布を示す。
財満ら Anal. Bioanal. Chem. (2012)
・・・牛肉の脂質を可視化。得られたピークを多変量解析し、産地判別に利用できるかどうかを検討。
吉村ら Anal. Bioanal. Chem. (2012)
・・・アントシアニンの可視化法の検討。ビルベリー切片におけるアントシアニンの特徴的な分布を可視化。
吉村ら Plos One (2012)
・・・紫黒米中の特徴的なアントシアニン分布を可視化。
田中・財満ら Plos One (2013)
・・・ヒト腹部大動脈瘤壁で循環不全が生じていることを可視化。この発見が腹部大動脈瘤のモデル動物作出につながりました。
財満ら Rapid Commun. Mass Spectrom. (2014)
・・・PC検出時に特異性と感度を向上させる方法を報告。
財満ら Rapid Commun. Mass Spectrom. (2014)
・・・コメ胚乳中のリゾリン脂質の特徴的な分布を可視化。高品質な日本酒を醸造する際に、精米が必要な理由の一部を説明しうる結果なのではないかと考えています。
池田・財満ら Pathol. Int. (2014)
・・・MSIによってヒト粥状動脈硬化病巣の中性脂肪の分布を可視化。特発性TGCVという疾患概念の確立につながる。
田中、財満ら Plos One (2015)
・・・血管壁の循環不全は腹部大動脈瘤形成・破裂の原因となることの証明の一部にMSIデータを用いる。
田中、財満ら J. Vasc. Res. (2015)
・・・ヒト腹部大動脈瘤の外膜におけるTG分布異常を可視化。TG分布異常の原因は脂肪細胞の異常出現であることを証明。
田中、財満ら J. Athero. Thomb. (2016)
・・・静脈瘤におけるリン脂質の分布を解析。
財満ら Biochemistry and Biophysics Reports. (2016)
・・・EPAリッチな魚油を投与したマウス精巣におけるEPA含有リン脂質の分布を解析。
山田ら  Rapid Commun. Mass Spectrom. (2018)
・・・アントシアニンを腹腔内投与したマウス眼球周辺組織の分布を解析。アントシアニンは主に外眼筋に存在していることを可視化。アントシアニンの眼精疲労予防効果は筋肉に作用しているのかもしれません。
藤嶋ら Food & Funct. (2021)
・・・循環不全誘導のAAA血管壁において、EPAはM2マクロファージ(抗炎症作用を有する)と同様の局在を示しました。
久後ら J. Lipid Res.(2022)
・・・藤嶋さんらがモデル動物で発見したEPAとM2マクロファージの共局在がヒト腹部大動脈瘤患者でも起こりうることを報告。EPAの抗炎症機能に選択的な細胞取り込みが関与している可能性があるという仮説を報告しました。
久後ら Food & Funct. (2022)
・・・EPAが間葉系幹細胞に取り込まれやすい可能性をAAAモデル動物とヒト腹部大動脈瘤組織を用いた解析で。EPAの抗炎症機能に選択的な細胞取り込みが関与している可能性があるという仮説を指示する結果となりました。※Hot Article2022に選ばれました!

総説など
財満ら Int. J. Mol. Sci. (2011)
・・・MSIの原理と応用
財満ら J. Vasc. Res. (2014)
・・・MSIを用いた血管の分析法と応用
久後ら 日本質量分析学会誌 (2016)
・・・食品科学分野におけるMSIの応用
久後ら オレオサイエンス (2016)

・・・MSIによる脂質の可視化研究
Kadam, S.Uら RSC advances. (2016)
・・・食品科学分野におけるMSIの応用
吉村ら Food Chem. (2016)
・・・食品科学分野におけるMSIの応用
山田ら 近畿大学農学部紀要 (2019)
・・・MSIの食品科学分野への応用
吉村ら Foods (2020)
・・・食品学分野での最近の研究解析