我々の最終目標は、半乾燥地の水環境を永続的に維持、すなわちオカバンゴデルタを保全し、かつ、現地の小規模零細農家に資する、氾濫水利用型稲作の開発である。
世界には広大な面積の未利用湿地群が存在する。例えば、ナミブとカラハリ砂漠を有する南部アフリカのナミビアとボツワナでは、雨季になると隣国のアンゴラ高原の降水が氾濫し、広大な季節湿地が形成される。別名、水浸しのサバンナと呼ばれる両国の北部地域では、砂漠のオアシスに類似した水環境を持ち、古くから人口が集中してきた。この半乾燥地の水資源は主に漁撈や生活水として利用され、作物生産には不向きとされてきた。氾濫水の発生時期と量が不安定なためである。我々は、2004年よりナミビア大学に所属する研究者とともに、ナミビア国において、この氾濫水を有効利用するための稲作導入研究を実施してきた。科学研究費補助金事業(海外学術B)、JICAフォロ−アップ事業「稲作導入理論」による基礎研究を契機として、北東端ではザンベジ川の揚水による灌漑稲作がナミビアの国家事業として開始した。ナミビア大学農学部が位置する北中部地区では、海外学術A研究とJST/JICA_SATREPS事業によりイネ研究拠点化が進み、周辺の小規模零細農家が所有する季節湿地への稲作導入が試みられている。さらに、国際河川のオカバンゴ川流域(北東部)の湿地群を利用したイネの導入研究が、ナミビア国独自のプロジェクトとして現在実施されている。ところが、気候変動の進行とともに氾濫水の発生時期と洪水量の年々変動が極端化しているため、通常の稲作の定着は必ずしも容易ではない。いっぽう、2014年にナミビア国で実施したSATREPS事業による国際シンポジウム以来、隣国のボツワナ大学に所属する研究者から、ボツワナ国への稲作導入要請を受け続けてきた。オカバンゴ川の下流域に形成される世界遺産オカバンゴデルタの周辺に形成される季節湿地への稲作導入である。当地では、ナミビア同様、不安定な氾濫水に寄り添って暮らす小規模で零細な農家が多数居住しており、彼らの生活の糧である生業としての農業生産活動の安定化こそが貧困の克服と食糧増産につながると言える。そこで、様々な議論の末、2019年には、ナミビア、ボツワナ、日本の3か国連携による氾濫水利用型稲作の導入研究の開始に合意した。この研究では、イネと乾燥耐性穀物群との混作の可能性を追求(接触混植)すること、混作にマメ科作物を導入した場合のマメ科作物の根粒着生制御技術(亀裂施肥)をアフリカの地で検討すること、ウルトラファインバブル技術により永久湿地を改良すること、の3課題の実施を目指している。そのため、3ヵ国の共同研究者がさまざまな研究予算を獲得し、南部アフリカにおける氾濫水利用型の新しい稲作を世界に向けて発信することを目標として新たに活動を始めたところである。
私たちの研究室では、コメやダイズなどの作物の栽培技術をその根本から見直し、新しい栽培理念を創出することを目指しております。これまでに発想されなかった独創性の高い技術を開発することができれば、国内外の食糧生産技術の向上に貢献することが期待できます。具体的には、@混作研究、A接ぎ木研究、B亀裂研究、Cコーヒー研究に取り組んでいます。
混作研究
我々の研究室では、湛水ストレス条件下でイネと混植された畑作物のストレスが緩和される現象を世界で初めて見出しました。我々が開発した「接触混植」と呼ばれる混作農法を利用して、様々な作物のストレス緩和技術を探究しています。
<研究テーマ例>
●イネをベースとした混作農法の確立
●混作による洪水や塩ストレス緩和技術の開発
●新たな作物種の混作組み合わせを開発
接ぎ木研究
我々の研究室では、作物学分野ではあまり用いられていない「接ぎ木技術」を利用することで、ダイズの湿害ストレスを緩和する技術を創造しようと試みています。
<研究テーマ例>
●新規接ぎ木技術の開発
●接ぎ木によるストレス緩和技術の開発
●タバコを中間台木とした異科接ぎ木技術の検討
亀裂研究
我々の研究室では、ダイズの生育時に「あえて」根を切断することによって、湛水ストレスを緩和する効果があることを見出しました。現在そのメカニズムの解明に取り組んでいます。
<研究テーマ例>
●亀裂施肥が湿害ストレス緩和に及ぼす影響
●根切りがストレス緩和に及ぼすメカニズムの解明
コーヒー研究
我々の研究室では、コーヒーに関する2つの研究をUCC株式会社と共同で行っています。一つ目は、日本国内で栽培できるコーヒーを育成することを目標に、コーヒーの開花制御技術やストレス耐性に関する研究を行っています。二つ目は、コーヒーの抽出残渣を耕作放棄地に投入することによって、雑草抑制や生育促進の効果が期待でき、最適な投入技術の開発に取り組んでいます。
<研究テーマ例>
●コーヒーとストレス耐性に関する種間差の検出
●コーヒー抽出残渣投入における雑草抑制効果の検証
●コーヒー抽出残渣投入における作物生育促進効果の検証
<過去の研究>
@「洪水−干ばつ対応農法」の開発研究
半乾燥地の水環境を永続的に保全し続けるような開発を行うため、洪水と干ばつが頻発する環境に対応可能な、新しい概念の農法を提案することを目指します。
地球規模課題対応国際科学技術協力事業(通称SATREPS)(Science and Technology
Research
Partnership
for Sustainable
Development)により、洪水と干ばつに対応する新しい栽培技術を開発しようとする研究です。SATREPS(サトレップス)とは、地球規模レベルの課題を解決するための基礎研究プログラムで、科学技術振興機構(JST)と国際協力機構(JICA)が共同で運営する新しい試みです。
私達の研究室では、「半乾燥地の水環境保全を目指した洪水−干ばつ対応農法の提案」というプロジェクトを、2011年度の条件付採択を通じて、2012年度から本格的に開始しました。今後5ヵ年(2016年度まで継続)の予定で研究が実施されます。本研究では、近年、気候変動に伴い顕在化しつつある「洪水と干ばつの頻発」という現象に農業生産の立場から挑みます。洪水と干ばつは水環境が全く両極端であり、両者を同時に考えることは、これまで必ずしも必要ではありませんでした。そのため、両者をまとめて検討しようとした研究はほとんど行われてきませんでした。ところが、そのどちらか一方だけに備えていればよいという、これでの状況とは一変し、むしろ極端な事例があたりまえのことになりつつあります。私達の研究室では、アフリカの砂漠国ナミビアに出現する季節湿地をそのモデルケ−スとして、そこでの問題解決を通して、洪水と干ばつの両者に対応する新しい農法を提案することを目指します。
砂漠国ナミビアは半乾燥地環境であるため、地域全体の水環境を維持する農法を導入しなければなりません。さらに現地の文化と密接な関係を持つ伝統農法と融和するような農法でなければ決して現場の農家の方には受け入れられません。プロジェクトを実施することにより現地の水環境を改変することなく、一般の自給自足農家の労働環境に見合った、さらに現地の社会経済を永続的に維持しうるような概念をこの農法に入れていかなければならないのです。
そのため、作物学領域の研究者だけではなく、地球レベルの水環境を専門に取り扱う水文学領域や、地域特有の社会・自然環境への対応に取り組む開発学領域の研究者のみなさんと密接な共同研究体制を構築し、この課題解決に取り組んでいます。この研究を実施するため、国家(日本国とナミビア国間の研究技術協力協定)レベルと大学(近畿大学とナミビア大学間研究協定)レベルで研究協定を締結し、遠く離れた日本とナミビア間を、日本とナミビアの研究者が行き来しながら研究を進めております。当研究室にも、博士後期課程に2名、前期課程に1名の研究者を受入れ、彼らと日本人の学生が机を並べて基礎研究課題に取り組みます。
A ダイズにおける「根粒着生制御」技術の開発
そこで、根粒を土壌の比較的深い層に着生させることができないか、しかも開花期以降に着生させることができればもっと多くの窒素がダイズに供給され飛躍的に増収効果が得られるのでは?という着想の下で、2007年より技術開発に取り組み始めました。ダイズの個体がまだ小さい頃に、圃場に亀裂を生じさせるような心土破砕、あるいは、耕起処理をダイズ畑に施すことにより、ダイズの根を切断します。このときに切断部に根粒菌をまぶした資材を土壌中に投入するという極めてシンプルな技術です。
我々の先行研究では、ダイズ根粒が着生する場所と時期を制御することに成功するとともに、根の切断時に根粒菌資材だけを投入することにより、最大で対照条件の1.3倍の多収を得ることもできたが、いまだ高位安定収量は得られていません。今後、さまざまな課題を克服しうるような根粒着生誘導の方法論を検討することにより、子実への固定窒素の持続的な供給を促進しうる栽培理論を提案することを目指します。
(Develoment of new cultivation
technology of soybean nodulation by soil crack fertilization)
2013.4〜2016.3
科学研究費補助金(基盤研究(B)一般)
ダイズ子実への持続的な窒素供給を目指した根粒着生制御理論の提案