RESEARCH PICKUP

水産学科

2021/09/24

貴重な水産資源を持続的に活用できる水域をつくり、未来につなぐ。

亀甲 武志 准教授/水産増殖学研究室

先生の研究室の名称にある「増殖」とは何ですか?

魚の場合、ある環境下で人工的に飼育する「養殖」がよく知られています。近大マグロもそうですね。それに対して「増殖」とは、川や湖、海に棲んでいる魚をその場所で増やすことです。私の対象種はホンモロコ、ビワマス、イワナ、アマゴ、ウナギ、ワカサギといった淡水魚です。今、これらの魚が減ってきており、こうしたおいしい水産資源を持続的に利用していくために研究を行っています。

増殖の手段としてよく用いられるのが、人の手で育てた種苗を川や湖への放流です。ただ、放流一辺倒で増やすことには限界があり、産卵場所の保護や繁殖期における禁漁期間・区域の設定など、幅広い方法で資源管理をしていく必要があります。

先生の写真

ホンモロコという魚は初めて聞きました。どんな魚ですか?

コイ科魚類で琵琶湖の固有種です。これがメッチャおいしいんです! コイ科の魚で最もおいしいと言われていて、炭火で焼いて、しょうが醤油か酢みそで食べるのがおススメの食べ方です。おいしいだけに琵琶湖漁業にとって重要な魚なのですが、数が非常に減っています。1995年まで漁獲量が年間150トン以上でほぼ安定していたのがその後急減し、2004年にはわずか5トンにまで落ち込んだのです。そこでホンモロコ資源の回復が急務となり、私の前の職場である滋賀県水産試験場の頃から調査研究と、その成果を活かした産卵保護などに取り組んできました。

ホンモロコの写真
琵琶湖に生息する「ホンモロコ」。

ホンモロコはなぜそんなに激減したんですか?

それには、いくつかの要因があります。一つはオオクチバス、ブルーギルなどの外来魚による食害。これはわかりやすいと思います。あとは産卵場と仔魚・稚魚の成育場が減っていることです。琵琶湖の魚たちはホンモロコを含めて、普段は沖合や深場にいて、産卵期や仔魚・稚魚のときは水深の浅い場所で過ごしています。その浅場にある「ヨシ帯」といって水草が生えているところで卵を産むのですが、そういう場所が少なくなりました。現在、ヨシ帯が維持されている主な場所は、「内湖」と呼ばれる琵琶湖の周辺のある小さな付属湖で、琵琶湖と川でつながっている水域です。昔はたくさんあった内湖も、干拓され農地として造成されたり、開発のため埋め立てられたりして8割ほどなくなってしまいました。その結果、ホンモロコが子供を産み育てる場所が大幅に減ってしまったんです。

ヨシ帯の写真
魚にとって、ヨシ帯は卵を付着させる産卵場所であり、仔稚魚の餌となる甲殻類プランクトンが豊富な餌場でもある。

さらに、一番大きな要因だと思っているのが、琵琶湖の「水位操作」です。琵琶湖にはたくさんの河川が流れ込んでいる一方、琵琶湖から流れ出る河川は唯一、瀬田川です。雨量の多い梅雨に、洪水による被害を防ぐため瀬田川洗堰(あらいぜき)を操作して琵琶湖の水位を落とす対策を国が講じています。その水位操作がネックなんです。ホンモロコなどのコイ科魚の淡水魚は、梅雨の増水する時期に産卵する習性があります。普段なら水に浸かっていない増水した一時水域の水草で卵を産みます。しかし、そのタイミングで水位が低下すると、水がなくなり卵が干上がって死んでしまうことになります。実際に現場で見ていると、半分くらい干上がっているのがわかり、こんなたくさん産んでいるのになんで水位落とすねん、という気持ちになります。琵琶湖の水位を管理する国土交通省琵琶湖河川事務所も魚類の産卵に配慮した水位操作に取り組んでいただいておりますが、ホンモロコの産卵に配慮した水位操作にはまだ課題が残されています。

先生の写真

その状況でホンモロコの漁獲量を回復させる方法はあるんですか?

ところが興味深いことがわかりました。内湖でホンモロコが増えていたんです。2008年頃から琵琶湖東岸の伊庭内湖(いばないこ)と、2012年頃からその隣にある西の湖で産卵の回復傾向がみられました。地元の漁協さんが外来種の駆除を積極的に実施したり種苗放流をしたり、その成果だと思いますが、詳しいメカニズムまではわかりませんでした。

調査の結果、両内湖ともに春の水温が琵琶湖よりも温かく、そのために産卵時期も1ヶ月ほど早まり、水位操作の影響をあまり受けていない可能性が考えられました。さらに内湖には仔魚・稚魚の成育に必要な動物プランクトンも琵琶湖以上に豊富にあって環境もいい。もう一つ重要なのが産卵場所です。内湖のヨシ帯で産んでいると思っていたのが、内湖に流入する河川でも数多く産卵していることも判明しました。そこでは流水の速い場所を選んで、河床に沈殿している植物などに産みつけている。流れが速いので、ふ化した仔魚がすぐにエサの豊富な内湖へ流下して育っていくという仕組みがあったのです。

伊庭内湖の写真
滋賀県にある猪子山から望む伊庭内湖。

では、内湖で育った仔魚・稚魚が、その後どのように移動しているのか。そこで伊庭内湖および西の湖にALC標識魚という目印をつけた魚を放流する調査を行いました。群れで放流した魚かどうか識別できるようにしておいて、この魚がどれだけ移動した、成長した、ということを把握できる方法です。すると、ほぼすべての個体が2〜3センチほどに育った段階で琵琶湖へ出て行っていました。琵琶湖へ移動した内湖のホンモロコは秋から冬にかけて琵琶湖の沖合に出て回遊し、漁師さんはそれを獲っていた。さらに琵琶湖を回遊したホンモロコは、春の産卵期になると再び内湖に戻っているのが確認できした。大規模な標識放流を通じて、内湖で産まれ育ち、琵琶湖へ出て、沖合で大きくなって、内湖へ回帰して産卵する。このサイクルが明らかになったのです。だから内湖は非常に重要で、琵琶湖にとっては本当に小さな水たまりみたいな場所ですけど、実は琵琶湖全体のホンモロコの漁獲にかなり貢献していることがわかったのです。

ホンモロコの生態サイクル
ホンモロコの生態。琵琶湖で成長し、伊庭内湖へ戻り産卵する。

干拓などで少なくなったとはいえ、内湖がホンモロコの拠点として機能しているということですね。有力な産卵場所がわかったのであれば、それをどう守っていくのかが課題になりますか?

その通りです。以前は、ホンモロコの親魚の保護するなどの資源管理はほとんど行われていなかったんです。調査結果を踏まえ、集中的に産卵する場所がわかったんだから、そこでは獲ったらアカン、ちゃんと産卵を保護しようという声が挙がり始めました。

漁師さんと会議を重ねた結果、2012年から産卵期の1ヶ月間、伊庭内湖付近でのホンモロコの漁を禁止する措置がスタートしました。その結果、伊庭内湖でのホンモロコ産卵量が大幅に増加したので、産卵保護の効果は大きいということがわかりました。そこで2016年からは伊庭内湖だけでなく、琵琶湖全域で漁師さんが産卵期のホンモロコの自主禁漁に取り組むことになりました。ところがまだ問題があって、一般の釣り人は規制の対象外なんです。先ほどお話しした琵琶湖から伊庭内湖へ流入する河川には、産卵のために戻ってきた親魚が狭い場所に集中します。内湖に流入する河川で産卵するという生態はこれまでほとんど知られておりませんでしたが、内湖でのホンモロコの産卵が回復するにつれて河川に遡上して産卵するホンモロコもたくさん確認されるようなりました。すると今度は、内湖に流入する河川に産卵のため遡上するホンモロコを狙って多くの人(遊漁者)が投網やたもすくいでホンモロコをたくさん採捕するようになってきました。河川での産卵は狭い場所で集中的に産卵するのでかなりの量が採捕できるようです。せっかく産卵のために河川に遡上しているのに、産卵させてあげなければ意味がありません。そこで現在では伊庭内湖、西の湖に流入する3河川において、2017年以降毎年、4月1日から5月31日までの2ヶ月間、ホンモロコを含むすべての水産生物の採捕が禁止になっております。

イワナなどの調査では山奥で誰とも会わないのですが、ホンモロコでは地元の漁師さん、釣り人の方々と言葉を交わす機会が結構あります。釣り人から聞き取り調査をしているときには、当時まだ滋賀県水産試験場におりましたので「ホンモロコの産卵保護は漁業者と遊漁者みんなが取り組むことが大事」と背中を押す言葉をもらったり、最近では漁師さんから「近頃はホンモロコだいぶ増えてきたね。ありがとう」といった声をいただいたりしています。しかし、資源が回復してきたのは漁師さんや釣り人や水産関係者みんなで一体的に取り組んできた結果です。これからもおいしいホンモロコの増殖研究に努め、水産資源の持続的な利用に貢献していきたいと思っています。

先生の写真