RESEARCH PICKUP

応用生命化学科

2021/08/05

害虫を益虫に。RNA制御が導くシロアリの可能性。

板倉 修司 教授/森林生物化学研究室

先生はシロアリの研究をされているということですが、それはシロアリによる家の食害などを防ぐのが目的ですか?

むしろ逆で、シロアリを活用する方向で考えています。シロアリというのは一般的に害虫と位置づけられていますが、皆さんご存知のお家を食べているシロアリはすべて幼虫で、成虫ではありません。成虫は羽アリで、ヤマトシロアリは4月〜5月頃、イエシロアリは6月〜7月頃、雨上がりの晴れた日に一斉に飛び出します。増やしたいのは、その羽アリです。羽アリには生殖・産卵能力があり、個体を増やす方法について調べています。

シロアリの写真
写真は「ヤマトシロアリ」の「職蟻(しょくぎ)」と「兵蟻(へいぎ)」。頭の色が濃いシロアリは「兵蟻」と言われ、外敵と闘う役割を担う。

意外です。シロアリを有効利用するとなると、どんな使い方になるのでしょうか。

最近は昆虫食というものが話題になっていますが、まずは食用としての用途が挙げられます。シロアリが食用になることはよく知られています。有名な方だと、Mr.シロアリマンという日本在住でケニア出身のジャスタスさんが栄養失調改善のためのシロアリ食を研究していて、いろんな場でアピールしているようです。たしかにシロアリは高タンパク質・高カロリーの食料と言えるのですが、実用化には課題が多いのも事実です。

問題は個体の数です。シロアリは大きな巣では百万匹もの数を形成します。もの凄い数だと感じるでしょうが、シロアリは一匹あたりの重さが2〜3mgで、1万匹集めたとしても20〜30gにしかなりません。私たちが肉を食べるときと同じ感覚でとらえるならば、一食あたり10万匹ほどの数が必要となります。そうすると一つの大きな巣でもすぐになくなってしまいますし、あまりに数が足りません。今、シロアリの世の中の相場は一匹10円。ある民間の会社が売っています。1万匹で10万円ですから普通は買えませんよね。10万円や20万円の食材をフライパンで炒めるという贅沢極まりない世界なので、食料危機を救うという観点からは現実的ではありません。食用として可能性があるとすれば、高級珍味という路線でしょうか。

私は実際に食べたことがありますけど、おいしいですよ。昆虫食には独特の臭みがあることも多いのですが、それもなく香ばしい。昆虫食は大体がエビに似た味がするようです。昆虫と甲殻類は外骨格がキチンという同じもので、その風味なのかもしれません。

イエシロアリの炒め物
取材当日、先生に振る舞っていただいた「イエシロアリ」の炒め物。一口食べると香ばしいエビのような匂いが鼻から抜ける。

10万円の高級食材となると手が出ませんね...食用以外に考えられることはありますか?

人間の食用以外に考えられるのが、一つは魚のエサ。巣から取り出したシロアリには木のカスや砂が混ざっていて、人間が食べるとなるとそれらを分離しなくてはならず非常に手間がかかりますが、魚のエサとなると分離の必要はありません。魚だけでなく、養鶏の飼料としても利用できるのではないでしょうか。あと、理屈上は燃料にもなり得ます。イエシロアリ、ヤマトシロアリが体内に蓄えている油の成分はオリーブオイルとほぼ同じで植物油に似ています。もし大量にシロアリを産生できれば、燃料として使えないこともない。しかし食料、飼料、燃料、いずれも可能性であって、まずは量の確保が大きな課題となります。

シロアリの成虫を増やすために、先生はどんな研究をされていますか?

シロアリが成虫になるメカニズムを遺伝子レベルで解析するため、RNAの働きを調べています。RNAは最近、新型コロナウイルスのワクチンで話題になっていますね。あのワクチンに使われているのは、タンパク質に翻訳されるmRNA(メッセンジャーRNA)です。生物の細胞内にはmRNAのほかに、20〜25塩基程度の短いRNAであるmicroRNA(マイクロRNA)があります。DNAから情報を受け取ったmRNAは通常、タンパク質に翻訳されます。ところがmicroRNAは細胞質の中で、自分と相補的な配列を持つmRNAを探してくっ付きます。すると、1本鎖のmRNAが2本鎖になって分解されてしまい、結果としてタンパク質の合成が抑制されてしまうことがわかっています。今回のコロナワクチンはタンパク質をつくるmRNAを注入するわけですが、人間はこのような1本鎖のRNAは排除しません。ところが2本鎖のRNAになると、これを異物と認識して分解に誘導する機構が備わっているわけです。このようにmicroRNAには、mRNAの量をコントロールすることでタンパク質の発現量を制御する機能があります。

microRNAの働き

mRNAというタンパク質をつくる設計図が、体内で消えているという現象があるのですね。

はい。タンパク質をつくるmRNAの量を制御するとはどういうことか。昆虫であればいつ脱皮するか、メスなら卵巣、オスなら精巣がいつ発達するのか、そうした発達をコントロールしているのではないかと考えられます。そこで、現在取り組んでいるのがmRNAとくっ付くであろうmicroRNAの候補を挙げて、そのmicroRNAに対するインヒビター(因子に結合してその働きを阻害する物質)を注入する試みです。シロアリが成虫になるときにオンになる遺伝子が存在する。microRNAが機能してしまうと、それがオンにならない。ではそのmicroRNAをあらかじめ潰してやると、自由に成虫を作出できるのではないか。つまり、成虫になる際に働くmRNAの動きを制御するmicroRNA。これを消失させることで、成虫になるタンパク質をオンにできるという推定です。microRNAの候補として、卵巣の成熟、複眼の形成、さらに外骨格を形成するキチン合成。これら3つについて、制御している可能性のあるmicroRNAを選んでインヒビターを注入する実験を行い、成虫の個体を増やすことにつなげられないか調べています。

板倉先生の写真
終始、目を輝かせてシロアリの話をする先生。こちらもすっかりシロアリの魅力に引き込まれてしまった。

私なりの一つの仮定は、発達を促す因子はDNAの遺伝情報だけではなく、mRNAに転写された後、細胞ごとにコントロールされているのではないかということです。昆虫ならどう変態し、成長していくのかにmicroRNAが関与している。ただし、これがすべての生物において同じかと言えば、それはわかりません。microRNAと同じく2本鎖のRNAが遺伝子発現を制御するRNA干渉という現象がありますが、これも昆虫の種類ごとに働いたり働かなかったりします。だからこの点は、生物の種類の数だけ見ていかないとわかりません。

ちなみにこのmicroRNAは、最近まで進化の過程で使われなくなったゴミ、あるいは何の意味もない短いRNAと言われていましたが、2000年以降にこのような機構があることが段々と明らかになりました。今では生物学においてかなりメジャーなテーマになっていて、遺伝子情報がmRNAに転写された後、細胞ごとの機能を決めるうえで重要な役割を果たしていると考えられています。

食料、飼料、燃料としてのシロアリは、現時点では可能性ということですが、そういう結果の見通しにくい研究でも、何年後かに注目されるようになった事例はたくさんあるはずですね。

その通りです。シロアリの可能性ということで言えば、より壮大なものがありますよ。人類が火星に移住するときにシロアリが役立つかもしれないという話です。火星移住についてはかなり真面目に考えている人たちがいて、火星にドームを建設したり、土壌を改良して植樹をしたりなどの構想まであるようです。人間が住む以上窒素は不可欠なのですが、シロアリは空中窒素固定と言って、空気中の窒素を人間が利用しやすい化合物に変換する能力を持っています。シロアリの腸内には原生動物がいて、その中に細胞内共生バクテリアがいる。そのバクテリアが空中の窒素をまずアンモニアにして、それをアミノ酸、タンパク質へと変えるサイクルが働いています。だから宇宙でもタンパク質を生産してくれるという理屈です。また、木を植えるとなると枯れた枝や落ち葉などをどう処分するかという問題が生じますが、シロアリは植物遺体を食べてくれます。ですので、火星でシロアリを飼育しておくと、枯枝の処分兼タンパク質生産に使える可能性があるということです。まあ、あくまでこれは紙の上の計算に過ぎませんが。

シロアリのmicroRNAを研究したのは、おそらく私が最初だろうと思います。世の中には絶対に無理だと言われて、その後実現している研究がたくさんあります。誰も手をつけていないオリジナルなことを考え続けていれば、10年後に世間のほうがついてくるということもあって、10年前ならシロアリを食用にすると言っても誰も相手にしなかったでしょうが、今では受け入れられます。他人に同調したり後追いしたりするのではなく、自分が価値を認めたことをやっていくのは、やはり面白い。自分が興味を持ったことに自由に挑戦できるのが、大学の魅力ではないでしょうか。

板倉先生の写真