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環境管理学科

2019/9/30

新時代の幕が開ける。ICTやAIなど最先端の技術を駆使した「スマート農業」とは。

ずばり、先生が進めている「スマート農業」とは何ですか?

そうですね、若者にも魅力的な「スマホ」を使う農業とでも表現しましょうか。スマート農業とは、近年国を挙げて広めようとしている農業形態で、ICT(情報通信技術)やAI(人工知能)などの先端技術を使い、農業の省力化を進めることで生産効率をあげていこうとする取り組みです。この背景には、農業がいわゆる3K(きつい・汚い・危険)と呼ばれる重労働であることや、担い手不足の問題などがあります。とりわけ今、農業は高齢化が加速しており、就農者の平均年齢は66.4歳で、70歳以上が全体の46.9%、50歳未満はわずか12%に過ぎません(2015年農林業センサス)。就農人口全体も年々減り続けているため一人当たりの作業面積が増え、労働力不足は深刻です。たとえば夏場でも日陰からリモコン操作で作業が進むような省力化が実現すれば、高齢者が従事しやすいだけではなく、若手や女性といった新規就農者の確保につながると考えています。

柿を収穫する職人
農業は手間がかかることに加えて、環境が苛酷であることも農業人口の減少に拍車をかける一因となっている。

もう導入は進んできていますか?

まさに実証実験を開始したところです。私たちのグループは農水省所管の国立研究開発法人である農研機構の委託事業として「スマート農業の開発・実証プロジェクト」に2019年4月から参画、農研機構からいただいた予算で研究を行っています。実証地は奈良県五條吉野地域といって、全国有数の柿の産地です。とくにハウス柿の生産量は全国の80%を占める一大産地です。導入する技術は、AIによる栽培環境モニタリングシステム、アシストスーツ、遠隔制御運搬車、遠隔制御除草機、自走式噴霧器(スピードスプレイヤー)などです。

本プロジェクトのために近畿大学農学部、奈良県、五條吉野土地改良区、企業連合で構成する「奈良から発信する柿生産スマート化コンソーシアム」を立ち上げました。産官学が一体となって、現在の技術でどこまで収穫や出荷の労力軽減が図れるのかを実証します。目標としては労働力の15%削減と、高品質柿の生産量3〜8%増を掲げています。奈良県五條吉野地域は中山間地域といって、山と平地の間にある農業と林業の町なのですが、いずれも就業人口が減っている産業であるために町全体の過疎化・高齢化が進んでいます。だからこそ、高齢化に対応したスマート農業を導入する格好のモデルなのですが、農業の発展を通じて、町そのものの活性化にもつなげていく必要があると思っています。

ドローンのイメージ
国外ではすでにドローンなどを使ったスマート農業で農地を管理し、確かな実績を上げいてることが多数報告されている。

スマート農業で町おこし、すばらしいですね。では、具体的にどんな技術で労働力を減らすのですか?

今回開発している技術を挙げますと、AIを使った収穫時期の自動判定プログラムがあります。これはいわば、匠の業(わざ)の「データ化」です。方法としては収穫時期になった柿の色や形、大きさなどを機械に学習させ、この状態なら糖度がどのくらいといった判定をAIが行うのです。なかなか難しい技術でして、まずハウスに備え付けたWebカメラが柿を柿だと認識させることから始めないといけません。この丸いものが柿で、その他は類似の形状でも柿ではない、といったことを覚えさせる。しかも群像ではなく一つひとつの柿を仕分けする能力が必要です。それができたら今後は「獲り時」「もう少し」とレベルごとに表示させるようにします。判定のための基礎データとなる膨大な画像はすでに学習させていて、現在はAIの判定が間違っていたらそのつど修正する段階にきています。

Webカメラのイメージ
Webカメラを随所に取り付ける。デバイスに送信されてくるデータを見るだけで収穫のタイミングが誰でも分かるようにするのが最大の目標。

収穫時期の判断というのは、長年培われた経験や勘によるものが大きいわけですが、そうした匠の業に依存するやり方が新規就農の壁になっていた側面もあります。この自動判定は人による判断のばらつきをなくす効果がありますので、今回の目標の一つである高品質作物の産出率向上にもなるのではないかと考えています。自動判定の技術が確立したら、将来的にはロボットによる自動収穫にもチャレンジし、労力削減に繋げることも可能でしょう。柿は実る高さがまちまちなので技術的に難しく、収穫の機械化までには相当な時間がかかりますが、収穫は重労働ですので、実現すればかなりの省力化が期待できます。あとは収穫時期の判定に加え、時期の予測ができるプログラムも構築していきたいと思います。

柿の収穫期は秋だと思うのですが、収穫時期の予測は必要ですか?

ハウス柿のメリットは通年で出荷できることなんです。味などの品質は露地(外)栽培の柿とそう違いはありません。収穫時期を予測したり調整したりできるようになると、マーケティングデータに基づいてこの時期に多く出荷させると利益が上がるといった戦略的な栽培が可能になり、農業経営にとって大きなプラスです。

出荷予測は画像データと気象データのリンクによって行います。今はハウスの中の気温、湿度、気圧などの気象状況を測定して、それとWebカメラでとらえる柿の生育状況との相関をみているところです。これも今までは人間の感覚で判断していたことです。できればアプリと連動を図ってハウスの換気を自動化するなど、必要な調整を遠隔操作できるようにしたいですね。

この「スマート農業の開発・実証プロジェクト」は全国で69件が採択されていますが、柿栽培はここだけです。柿で開発した技術を他の農産品、他の地域にも広げていければ農業全体に対する大きな貢献になります。

労働力の削減目標が数値化されていますが、具体的にどうやって測るのですか?

スマートウオッチを装着して、作業中の心拍数、活動量、消費カロリーなどを計測します。同じ人でそれをして、スマート農業の労働時と平時との差をみるわけです。あともう一つの基準は5人1組で作業されることが多いので、同じ作業が4人でできるようになれば20%削減の計算となります。労働力の評価に関係するデータの取得・管理については近畿大学の倫理規定に従って適切に行っています。

今、目にみえて作業が楽になっているのがアシストスーツです。柿は収穫すると1箱20キロの重さになります。これを一箱ずつ軽トラックに積み上げて、その後に選果場へ運んでからもう一度上げ下ろしをしなければなりません。20キロの箱を炎天下のなか何度も上げ下げする作業を想像してみてください。すさまじい労働力ですね。それを補助するのがアシストスーツです。アシストスーツの下にはフックが付いていて、それを箱に引っ掛けて持ち上げます。もう重さはほとんどないくらいの感覚で、これなら高齢者や女性でも楽に作業できるでしょうね。

アシストスーツのイメージ
アシストスーツを着用することで、夏場の暑いビニールハウス内でも楽にコンテナを上げ下げすることが可能になる。

先生は以前からスマート農業の研究をされていたのですか?

私のもともとの研究は、かつては農業土木、今は農業工学といわれる分野で、水管理や灌漑(かんがい)技術などが専門でした。奈良県と一緒に取り組んでいたのが、ICT技術を導入してため池を治水・防災に活用する研究です。治水というのは洪水の防止ですね。たとえば雨が3時間後に降るのがわかっていれば、どのくらいの水がため池に溜まるのかも予測できます。先に増水する分を抜いておけばため池に収まりますので、下流部の洪水リスクを軽減できます。それをICT技術でモニタリングして、雨量と貯水量の関係を割り出すプログラム開発を行っていました。その延長線上でスマート農業の研究に携わるようになりました。

先生が思い描く近未来の農業はどんなものですか?

農業のイメージが大きく変わっていることを望んでいます。3Kではなく、先端技術と共にあるかっこいい産業に変わってほしいと思います。農業は日本にとってとても重要な産業。若い世代の担い手が出てこなければ廃れてしまうという危機感を持っています。次代の農業は重労働ではなくだれでも働ける。経営が安定していて、きちんと休みもとれる。スマート農業の推進によってこのような経営モデルを可能にし、若手にとっても魅力ある仕事になれば嬉しい限りです。

松野 裕 教授(近畿大学 農学部 国際開発・環境学研究室)