RESEARCH PICKUP

食品栄養学科

2019/9/30

患者さんの治療に貢献するとともに、心にもやさしい食事療法を開発。

先生は管理栄養士でもいらっしゃいますが、どのような研究をされていますか?

専門は臨床栄養学といって、食事と栄養面から患者さんの治療に貢献するのが役割です。食事が治療につながる、あるいは治療を助ける。そのための有効な食事療法の開発に努めています。対象とする病気はさまざまですが、我々管理栄養士は食習慣との関連が深い病気に関心持ちますので、おもに生活習慣病、具体的には糖尿病、肥満症、高血圧症などに関する食事療法を研究しています。今、生活習慣病は増加傾向にある一方、既存の食事療法は必ずしもうまくいっていません。食材、食べ方、食べ合わせなど、さまざまな角度から検討して、新しい食事療法を開発していきたいと考えています。

木戸 慎介 准教授(近畿大学 農学部 臨床栄養学研究室)

生活習慣病というのはいろんな病気を引き起こしますね。

そうです。糖尿病は血液中の糖分が高い状態になって、血管を傷つけたり硬くしたりして、動脈硬化の原因にもなります。さらに腎臓の働きも悪くするので、腎臓病の懸念も生じます。腎臓病でとくに問題となるのはミネラル、リン、カリウムなどの栄養素です。ミネラルは体内でつくれないため野菜や果物から摂取することになるわけですが、腎臓病になると本来は尿として排泄される過剰なミネラル、リン、カリウムなどが体内に蓄積されることになります。なぜかといえば、腎臓という臓器はいわば浄水器のフィルターの役割を果たしていて、体中の必要なものと不要なものをわける機能があります。腎臓が悪くなると、不要なものまで体内に残してしまうことになるのです。ならばリンやミネラルを摂らなければいいと思うかもしれませんが、特定の栄養素だけを含まない食材はそうありません。

野菜は茹でるとカリウムが抜けると聞いたことがあります。

それは試みられている方法です。でも患者さんの気持ちになってみてください。毎日茹で野菜は食べられないですよね。ではどうすればいいか。カリウムがもともと少ない野菜、高機能食材を開発するというのが我々の考えです。その開発を今、農学部の先生と進めています。こうした食材開発も研究テーマの一つです。

あとは食べ方の工夫で摂取を抑える方法もあります。リンという物質についてはご存知ですか? カルシウムと共に骨を形成する重要な成分ですが、カリウム同様、腎臓病患者が控えるべきものの一つです。リンは肉や魚といった動物性食品に多く含まれています。ならば、リンの摂り過ぎを防ぐには肉や魚は食べられないことになる。でもそれはあまりに大変です。リンは大豆や一部の野菜にも含まれています。同じリンが含まれる食品でも、動物性食品と植物性食品とでは吸収率が異なり、種類や食べ方をうまく選ぶことである程度リンの摂取は抑えられます。吸収率は植物性のほうが低く、その点大豆はいい食品ですが、先ほどの茹でた野菜と同じで、毎日食べられるものではありません。患者さんの生活の質を考慮することも管理栄養士の重要な仕事です。我々医療従事者は簡単に食事制限などと口にしますが、死ぬまでコレがだめ、アレがだめと言われたら、それはもう死亡宣告に近いですよ。結局は長続きしなくなり、病気がまた悪化していくわけです。我々としては、なるべく健康な人に近い食事にしてあげたい。そのために智恵を絞り、ひと手間かける。それが研究の基本的な姿勢です。

患者さんの気持ちを第一に考えられているんですね。ひと手間かけることで、どんな食を提供できますか?

今、酵素反応と調理法の組み合わせを実験しています。茹でる、細かく刻む、強く叩くなど、いろんな方法で肉や魚のリンを外に出すことができます。リンは細胞の中にありますので刻むと壊れます。でも患者さんが家に戻ったときそんなことはできないでしょうし、だいいちおいしくありません。そこで研究しているのが、酵素で肉の組織を軽く破壊したうえで茹でるなどの処理をする方法。細かく刻むのと同じような効果が得られることがわかってきました。パイナップルで肉が柔らかくなるでしょう。あれも一種の酵素反応です。この方法だと見た目も食感も変わりませんし、リンを減らしたうえで、通常どおりのお肉を食べることができます。

肉をパウチしているイメージ
酵素を入れ、真空状態にしてパウチすることで、肉からリンを減らすことができる。

リンやカリウムの制限を続けることで腎臓病は治っていくのでしょうか?

残念ながら、腎臓病については根本的な治療法がありません。だから腎臓病における管理栄養士の役目は、病気の進行を食い止めることになります。腎臓がまったく機能しなくなった場合、臓器移植か人工透析に頼るしかなく、透析患者さんに関してはリンの制限が欠かせません。しかし最近の海外における研究では、腎臓が悪くなる前にリンの制限を始めたほうがいいとする報告もあります。リンは骨の形成以外に、体の中でエネルギーの元になる役割を持っています。いろんな活動に必要となる重要な栄養素の一つなので、本来人間には不可欠です。悪化の兆候が出たら制限するか、悪くなってから制限するか。どちらを選ぶかは難しい問題です。

腎臓の悪化を招く要因は血圧です。先ほど、腎臓はフィルターの役割だといいましたが、血圧が高くなると腎臓に負担がかかります。さらに腎臓を悪くすると血圧も上昇する。この悪循環です。日本は高血圧の人が多い国です。これには日本特有の食文化が関係しています。日本人は熱い汁物が好きですよね。温度の高い汁物をおいしくするには相当な塩分が必要になります。普段から濃い味に慣れている人が多いので、塩分を控えた病院食はどうしても不評なんです。だから入院時にちゃんと情報提供することが大事です。何のために塩分を抑えた食事になっているのか。管理栄養士は患者さんに対する教育も行わなければなりません。

たしかに、病院食はおいしくないというイメージがありますね。

おいしい病院も増えてきているのですが、病院食に対するネガティブなイメージが先行してしまっています。それは払拭していく必要がありますね。その実践の場として、食品栄養学科では近畿大学奈良病院と共同で「患者様の食事満足度向上プログラム」に取り組んでいます。さらに農学部や附属農場で栽培された安心・安全な農作物、果物を献立に取り入れていますので、近畿大学のスケールメリットを生かした「医食農連携プロジェクト」となっています。

学生オリジナルメニューのイメージ
近畿大学奈良病院で提供されている、近大ミカンを用いた学生オリジナルメニュー。

腎臓病や糖尿病に対する治療食の開発もこのプログラムで行っており、農学部で育てた食材でメニューを開発し、学生が一部調理もして、治療に役立つかどうかデータを取っています。患者さんに使いたい食材を健常者である学生が試して、継続的な採血・採尿によって血糖値に対する影響を調べます。効果があればまず少数の患者さんに提供し、そこで有効性が確認できれば多くの人に広げていくという流れです。

病院食のイメージアップのためにしていることは何ですか?

地味だった献立表をカラフルにしてメニューのアピールポイントを付け加えたり、小児科や緩和ケア科で出しているおやつメニューの開発・調理をしたり、学生が主体となって動いています。学生にとっては貴重なインターンシップの場であり、入院中であっても患者さんが楽しめる食環境の演出法を身につけ、病院で活躍できる管理栄養士になってほしいと思います。

味が薄い病院食のなかでも、デザートは患者さんにとって楽しみの一つです。小児科のお子さんにはとくに嬉しいでしょう。また、緩和ケア科の患者さんには食べたくても食べられない方もおられますので、デザートなら少しでも口にしてもらえるという狙いもあります。おやつメニューの事例としては、近大みかん、奈良県産の巨峰を使ったブドウのゼリー、トマトのブランマンジェなど。近大にはマンゴーもありますが、経費の関係もあり検討中です。これからも治療に貢献することはもちろんのこと、患者さんの心にもやさしい食事を開発していきたいと思います。

木戸 慎介 准教授(近畿大学 農学部 臨床栄養学研究室)