RESEARCH PICKUP

水産学科

2019/8/7

なぜ生物は旅をするのか。海と川を回遊するウナギから生物の進化を垣間見る。

渡邊 俊 准教授/水産生物学研究室

先生は魚類のどんなことを調べているのですか?

ウナギやハゼなどの魚の回遊です。彼らは、海と川を行き来するのですが、実は、海水と淡水では魚の浸透圧調節の仕方が全く異なるのです。ではなぜ、彼らは海と川という違う環境をわざわざ移動するのか?に不思議さを感じます。魚だけではなく多くの生物は移動、つまり「旅」をしながら生きています。もちろん私達、人間もしかりです。私にとっての最終的なテーマは「なぜ生物は旅をするのか?」で——この「知りたい」という欲求が私を研究へと突き動かし続けています。

浸透圧調節とは何ですか?

例えば、半透膜を境に濃度の異なる2種類の液体を隣り合わせに置くと、水が高い濃度へ移動します。この移動しようとする圧力を浸透圧といいます。水中に生活している魚にも同じ現象が起きます。海水中では魚の血液濃度よりも海水の塩分が高いので、魚の水分は体外へ出ており、常に脱水状態です。そこで水を補給するために海水魚は大量の海水を飲み込み、腸から水を吸収し、余分な塩分はエラから排出しています。逆に淡水では、常に体内へ水が入り込んできますので、余計な水分を腎臓で多量の尿とし、外へ放出しなければなりません。このように、魚たちは海水と淡水という大きく異なる環境の中で、実に器用に浸透圧調節を行っています。しかし、これは非常に労力(エネルギー)がかかり、さらには、異なる環境を行き来するには全く違った浸透圧調節をしなければならず、生理的に体を変えるのは非効率とも思えます。では、なぜそこまでして海水と淡水を移動する必要があるのか?それを解き明かすことが「生物はなぜ旅をするのか?」というテーマにつながると考えています。

なるほど。とても興味深いですね。海と川を行き来する魚はどんな種類がいますか?

海と川を行き来する魚には3つのタイプがあります。川で生まれ海で成長して、再び川に戻って産卵するサケやマスのような魚。それとは逆に、ウナギのように海で生まれて川で成長して海で産卵する魚。そして、アユも川と海を行き来しますが、少し状況が違います。アユは秋になると河川の下流の瀬で産卵しますが、ふ化した仔魚は流れに逆らえず、海へ降りてしまいます。海で仔魚から稚魚へ成長し、春になるとアユは再び川へ上ってくるのですが、産卵のために帰るのではなく、そこから秋まで川でも成長し続けます。アユは海と川のどちらでも成長し、産卵のために海や川へ移動する訳ではない点が、サケやウナギの回遊と違います。また、アユの場合は河川が堰き止められてできるダム湖のような場所でも仔魚は成長します。仔魚のエサとなる小さなプランクトンがたくさんいる大きな水系があれば、必ずしも海が必要ないのです。

地球の歴史とともに魚も進化してきました。その環境変動によって種が適応し、そのなかで淡水魚になったり、海水魚になったりしてきたのではないかと考えられています。現在、魚は約3万2千種が知られており、その中で海と川を行き来する魚は全体の1割もみたない約250種です。多様な魚類の進化に、旅する魚たちが大きくかかわっているのではないか?をぜひ解明したいです。

渡邊 俊 講師(近畿大学 農学部 水産生物学研究室)

そういえば、ウナギはとても長い距離を旅すると聞いたことがあるのですが本当ですか?

その通りです。長年謎だったニホンウナギの産卵場は2009年に卵が発見されたことで明らかとなりました。場所は日本から約3千キロメートルも離れた西マリアナ海嶺南端部の海域です。産卵場はわかったのですが、どうやってその場所へ帰っていくのか、なぜそんなピンポイントの場所へ集まることができるのかは未だ解明できていません。今はそれを探り出す研究を進めています。

ウナギ

産卵場についてもう少し詳しく教えてください。

まず当然、産卵場の近くには生まれたばかりの仔魚や稚魚が散らばっています。レプトセファレス(稚魚:以下レプト)が採集できた海域で、過去の航海の結果をもとに広範囲にわたってレプトが採れた地点と採れなかった地点をマッピングしてみました。すると、緯度に着目すると北緯15度付近の東西(この海域は基本的に東から西への表層海流が存在する)でレプトの採集ができており、次に経度では東経142度まで採集することができていましたが、143度では一度も採れていませんでした。東経142度と143度の間の南北に何か目印がないかと着目すると、ここには海底3000〜4000メートルから海面近くまでそそり立つ3つの海山があり、その間を山脈が連なっています(西マリアナ海嶺)。この海嶺のいずれかの場所で産卵するのではないかという仮説が提唱されました。これを海山仮説とよび、産卵場の縦軸を決めます。

ウナギの幼体であるレプトセファレス
ウナギの幼体であるレプトセファレス。

この海域の特有な環境として、太陽熱による蒸発が北側にて盛んで、そのため海水の表面の塩分が高くなり、その蒸発による雨は南側へ降り、表面の塩分を低くさせます。すると表層の塩分が濃い水塊と薄い水塊が接するところが出てきます。このラインを我々は「塩分フロント」と呼びます。過去のレプトの採集データを見直すと、ニホンウナギは塩分フロントの南側で多く採集していることがわかりました。よってこの塩分フロントが産卵場形成要因の一つと考え、これを横軸としました。塩分フロントの位置は毎月、移動しますが、西マリアナ海嶺の南端部周辺の環境観測から縦軸と横軸を定めて調査対象地域を絞ったところ、それらの交点のすぐ左下にある海域(第3象限といわれる)ポイントから、実際に天然卵を初めて採集することに成功しました。

塩分フロントと西マリアナ海嶺の交点の第3象限の図
塩分フロントと西マリアナ海嶺の交点の第3象限に卵が分布する。

では、その第3象限に産卵場があるということですね!

計5航海の結果、第3象限に卵が分布することはわかりました。しかし第3象限の範囲は広ければ九州くらいになり、ピンポイントと推定される産卵場を特定するのは途方もなく難しい作業です。しかし、彼らはこの海域のどこかに集まる約束をし、産卵しているのは間違いありません。それは卵とレプトの分布が裏付けています。

九州の広さから特定する…スゴいですね!

雨によって海の表面塩分が薄くなると話しましたが、その影響は最大でも水深100メートルより浅いところまでです。ニホンウナギの親はその水深まで上がってきませんので、実際は塩分を感知しているとは考えていません。我々の認識では塩分フロントと言っていますが、ニホンウナギにとって塩分とは別のものを感知し、南北の海域を特定しているはずです。

ちなみに、ウナギはどのくらいの深さにいるんですか?

ニホンウナギは日周鉛直移動といい、水深の深い層と浅い層の間を一日に鉛直(垂直)に移動します。この結果はポップアップタグという装置をニホンウナギに着けて放流し、その行動を探ったことにより得ました。ニホンウナギは昼間に水深約800メートル、夜間に水深約250メートルの間を上下移動しています。満月のときは水深約300メートルで、光のない新月のときは約230メートルまで上昇します。水深の上限として作用しているのは、なんと月の光です。ウナギには、光が弱い方へ、または一定の光から逃げて行く習性があると考えます。だから太陽が昇る前に深海800メートルくらいまで潜りますし、太陽が沈むと上がってきます。ではどこまでも深く潜れるかというと下限もあり、それは水温で5度未満までの深さのようです。5度以下になると体を動かせなくなるからと考えています。

ちなみに、ポップアップタグは浮上の設定時間を決めることができ、その時間でタグの根元が熱融解して生物から外れる仕掛けになっています。外れて海の表面に浮上してきたタグは残りのバッテリーでデータを衛星へ飛ばすことにより、我々は本体のタグを回収することなく、衛星経由でデータを回収することができます。

日周鉛直運動をするウナギの行動の深度の図
日周鉛直運動をするウナギの行動

とてもスケールの大きな研究だと感じるのですが、先生の研究によって普通の生活者が得られるメリットというのはあるのでしょうか。

ニホンウナギは資源量が大きく減少し、絶滅危惧種IB類にも指定されました。減少の理由はいくつか挙げられていますが、それをくい止める具体策はありません。この研究を通じてニホンウナギの産卵生態を解明できれば、成熟や採卵、もしくは資源管理の基礎情報を得ることにつながるでしょう。この情報は完全養殖技術の開発に役立つと考えます。それが確立されれば、安価でおいしいウナギが食卓へ届くことを助け、ウナギという日本の食文化も守れるのではと考えます。そのためにもニホンウナギの産卵回遊の研究、特にこの研究を象徴する産卵シーンの観察・記録をめざしています。

ニホンウナギの漁獲量の推移イメージ
ニホンウナギの漁獲量は年々減少の一途を辿っている。

「生物はなぜ旅をするのか」の解明にもつながりますか?

ニホンウナギの進化は、約5万2千年前といわれるフィリピン海プレートの形成に関係しているのではないかと推測しています。地球の大陸プレートが移動し、海流が劇的に変化したことに伴って、ウナギの種が分かれて行き、今の状況になったと考えます。長大な地球の歴史の中で環境は大きく変化しているのに、なぜウナギは海と川の回遊を続けているのか?それとも今後、変わっていくのか?これも含め追究してみたいです。

渡邊 俊 講師(近畿大学 農学部 水産生物学研究室)

もしかしたら将来、人間は宇宙へ出て行くかもしれません。宇宙にいても人間の根本は変わらないとすれば、それは何なのか。環境が変わっても、人間の変わる、もしくは変わらない生態や行動は何なのか。ウナギの場合、産卵のための回遊をかたくなに守っています。「なぜ生物は旅をするのか?」という問いを人間に置き換えると、一体、何が明らかになるか。時代を経て環境が変わっても生き抜いてきたウナギの生態と進化は、我々が新しい状況を迎えたとき対処できる智恵を与えてくれるのではと考えています。