研究内容

我々の研究室においては、キチン・キトサン関連蛋白質の構造と機能について、 構造生物学的あるいは蛋白質工学的方法論を駆使して研究を進めている。 この種の蛋白質の中でも、まだ多くの知見が蓄積されていない植物由来のキチナーゼ、 キチンデアセチラーゼ、その他オリゴ糖結合蛋白質に焦点を合わせて、 それらの遺伝子のクローニング、組換蛋白質の精製、結晶構造解析、NMRやITCを用いた基質結合解析、 さらにはHPLC、MALDI-TOF-MSによる酵素反応解析を行っている。現在進行している研究テーマを、以下に列挙する。

1.植物由来キチナーゼの構造生物学的研究

○タバコ、シロイヌナズナ、ソテツ由来Family GH-18キチナーゼの結晶構造
 これらの酵素は、植物キチナーゼでのアミノ酸配列に基づくクラス分けにおいて、 クラスVに属しており、我々のグループは、下の図に示すタバコクラスVキチナーゼの結晶 構造を世界に先駆けて決定することができた (Ohnuma et al., Plant Mol. Biol. 2011 Feb;75(3):291-304, Ohnuma et al., Planta. 2011, in press.)。 今後、さらにこれらの変異型酵素およびソテツ由来の酵素についてその結晶構造を決定し、構造比較を行う予定である。

○コケ、ライムギ種子由来Family GH-19キチナーゼの結晶構造
 1995年にオオムギクラスⅡキチナーゼの結晶構造が発表されて以来、 いくつかの種類のFamily GH-19キチナーゼの結晶構造が発表されてきているが、 オリゴ糖との複合体構造に関する知見はまだない。 我々はコケやライムギ種子クラスⅡキチナーゼを用いてオリゴ糖複合体構造に関する知見を得ようと試みている。

2.植物由来キチナーゼの基質結合解析

○タバコ、ソテツ、シロイヌナズナFamily GH-18キチナーゼの芳香族アミノ酸残基の役割
 細菌由来のFamily GH-18キチナーゼの基質結合部位には、 多数の芳香族アミノ酸残基が一列に並ぶようにして存在し、 不溶性キチンの鎖をプロセッシブに分解している。 しかし、植物由来のFamily GH-18キチナーゼは、細菌由来のものとは異なり、 基質結合部位に存在する芳香族アミノ酸の数が少ない。 これら少ない芳香族アミノ酸によってどのように基質の認識が行われているのかを部位特異的変異によって明らかにしようとしている。

○ライムギおよびコケ由来Family GH-19キチナーゼのNMR、ITC法による基質結合解析
画像  コケ由来Family GH-19キチナーゼは、すでに結晶構造が明らかにされている オオムギ由来のものと比べると、基質結合クレフト末端部分に存在する四つのループ構造を欠失している。 一方、ライムギ由来の酵素は、ほぼオオムギ由来のものと同様の構造をもち、四つのループ構造をもつ。 このような構造上の違いをもつ両酵素がどのように基質との相互作用を行うのかを明らかにするために、 両酵素の安定同位体ラベルを行ったのちにNMRによってキチンオリゴ糖の滴定実験および左図で示すITC法による熱力学的解析を行っている。

3.Family GH-23グース型リゾチームおよびFamily GH-46キトサナーゼの基質結合解析

○NMR法による基質結合解析
 ダチョウ卵白由来Family GH-23グース型リゾチームおよび放線菌由来Family GH-46キトサナーゼの安定同位体ラベルを行い、 ラベルされた酵素とキチンおよびキトサンオリゴ糖との相互作用をNMR法によって調べている。これらの酵素にはアミノ酸配列 の有意な相同性は見られないが、触媒クレフトを取り囲む二次構造の種類、個数、配向が極めて類似しており (Monzingo et al., Nature Struct. Biol. (1996) 3, 133-140)、共通の触媒機構をもつ。このことは、これらの酵素間の 基質結合性の違いから基質認識の分子機構を推定しうるものと思われる。下の図は、15N*ラベルされたグース型リゾチームの 1H,15N-HSQCスペクトルであり、オリゴ糖を滴定しながら繰り返しスペクトル測定を行うと、 図に示すように、基質濃度が増えるに従って、段階的にいくつかのHSQCシグナルがシフトしていく様子をとらえることができる。 図中で青色のシグナルが見えているものがシフトしたシグナルである。このシフト幅に基づいて、結合定数を算出することが可能である。

画像これらのシグナルを3次元NMRスペクトルの測定により、主鎖および側鎖のシグナル を帰属すると、酵素分子中のどのアミノ酸残基に基質結合による影響が顕著に現れるのかがわかり、 ひいては基質との結合部位を明らかにすることができる。このようにして得られたグース型リゾチームとキチンオリゴ糖との結合部位を右図に示す。


4.キチン・キトサン結合蛋白質あるいは結合ドメインの構造と機能の解析

○ある種の糖質加水分解酵素はモジューラー構造をもち、 複数の機能ドメインからなる。それら機能ドメインの中には、 触媒ドメインに加え、不溶性基質を認識すると考えられている糖質結合ドメインがある。 セルラーゼのセルロース結合ドメインあるいはキチナーゼのキチン結合ドメインについては詳しく研究されているが、 キトサナーゼの結合ドメインや膜貫通性の糖シグナル伝達蛋白質のレセプタードメインなどについては、 まだ多くの情報が得られていない。本研究では、それらの糖結合ドメインを精製して、NMRやITCを用いて、オリゴ糖結合特性を調べる。

5.部位特異的変異による植物由来キチナーゼの有用酵素への変換

○タバコ、ソテツ由来Family GH-18キチナーゼの糖転移活性の増強
 いくつかのFamily GH-18キチナーゼで高能率な糖転移活性が見出されているが、 椊物由来のものでは、現在のところ、ソテツ由来のものだけである(Taira et al., BBA,2010 Apr;1804(4):668-75)。 そこで、糖転移活性が低いタバコ由来の酵素と糖転移活性が非常に高いソテツ由来の酵素を用いて、 部位特異的変異による糖転移活性の調節が可能かどうかを調べ、その結果に基づいて糖転移活性が高能率に起こるための構造的な要因を明らかにすることを試みている。

○コケFamily GH-19キチナーゼのグライコシンターゼ化
 一般にFamily GH-19に属する酵素は、アノマー反転型であり、糖転移活性がみられない。 しかし、Hondaらはアノマー反転型の還元末端特異的エキソ型キシラナーゼのグライコシンターゼ化に成功している。 本研究では、Honda らの方法に基づいて、コケFamily GH-19キチナーゼのグライコシンターゼ化を試みる。

6.種々の糖転移酵素による有用糖質の生産

○ソテツ由来Family GH-18キチナーゼの糖転移活性を用いた有用糖質生産を様々なアクセプター分子を用いて試みる。 このようにして得た新規糖質の生物機能については、共同研究を通してしらべていく。

共同研究

国内:
1.平良東紀准教授(琉球大学農学部)
2.沼田倫征博士((独)産総研、つくば中央第六、生物機能工学研究部門)
3.西村重徳博士(大阪府立大学生命環境)
4.本多裕司准教授(石川県立大学)
5.正田晋一郎教授(東北大学院工学研究科)田中知成(京都工繊大)

海外:
1.Dr. Ryszard Brzezinski (University of Sherbrooke, Canada)
2.Dr. Kjell M. Varum (Norwegian University of Science snd Technology, Norway)
3.Dr. Thomas Letzel (Technical University of Munich, Germany)
4.Dr. Andre Juffer (University of Oulu, Finland)
5.Dr. Karen Skriver (University of Copenhagen, Denmark)
6.Dr. Wipa Suginta (Suranaree University of Technology, Thailand)
7.Dr. Morten Sølie (Norwegian University of Life Sciences, Norway)

ゲスト研究者

Dr.Aslak Einbu, Norwegian University of Science and Technology(2002)
Dr.Andre Juffer, University of Oulu, Finland(2004)
Dr.Sutthideck, Khon Kaen University, Thailand(2006)
Dr.Wipa Suginta, Suranaree University of Technology, Thailand(2009)
Dr.Maria Mahata, University of Padan, Indonesia(2010)
Mr.Henri Urpilainen, University of Oulu, Finland(2010*2011)
愛水 哲史、株式会社テクノーブル (2011)
Prof. Kjell M. Vårum, Norwegian University of Science and Technology(2011)
Ms. Paknisa Sirimontree, Suranaree University of Technology, Thailand(2012)
Mr. Chalermchai Somboonpatarakun, Khon Kaen University, Thailand(2013)