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生物機能科学科

2019/8/7

人とブタのキメラから臓器をつくり出す。万能細胞を用いて再生医療の高みへ。

岡村 大治 講師/動物発生工学研究室

先生が研究されている「再生医療」とは何ですか。

病気やケガなどの理由で失われた臓器や組織を、自分自身の幹細胞を使って元通りの形や機能を再生する最先端の医療です。幹細胞とは組織の発生や再生を担う細胞です。その再生医療のカギとなるのが、すでに広く知れわたっているiPS細胞です。現在、iPS細胞を活用した再生医療は非常に広範囲な方法が研究されていますが、やはりメインは病気や事故などで欠損した臓器や組織を外部でつくり、それを体内へ戻して治療するという試みでしょう。私の研究もそこにフォーカスしたものとなっています。ところで「キメラ」ってご存知ですか?

ヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)
ヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)

聞いたことはありますが...それとiPS細胞もよく耳にしますが、内容はよくわかっていません。

iPS細胞とはさまざまな臓器や組織の細胞に分化する「細胞のもと」であり、万能細胞ともいわれています。このiPS細胞を培養することで、目的の臓器や組織をつくり出すことこそが、iPS細胞を使った再生医療です。日本語では「人工多能性幹細胞」と呼ばれ、iPS細胞というのは英語表記「induced pluripotent stem cell」の頭文字を取った呼び方です。分化した状態とは、細胞が完全に分裂を終えた状態をさします。つまり分化し終えた細胞はそれ以上形を変えることはなく、肝臓なら肝臓、皮膚なら皮膚といった特定の臓器・組織のままです。しかし、このiPS細胞が持つすべての細胞に分化できる能力を利用すれば、さまざまな細胞をつくることが可能になり、iPS細胞から分化させた臓器や組織を移植する再生医療への臨床応用が研究されているというわけです。

iPS細胞イメージ図
患者から細胞を取り出し、多能性誘導因子を加えることで細胞の初期化を人為的に誘導。変化自在なiPS細胞へと変化する。

で、キメラですが、一つの生物の中に異なる遺伝子を持つ2種類以上の細胞が混ざった個体のことなんです。ギリシア神話に、ライオンの頭とヤギの胴体、ヘビの尾を持つキマイラという架空の動物が登場するのですが、キメラはそれにちなんだ名称です。キメラは人為的につくれます。同じネズミの仲間で実験動物である「マウス(和名ハツカネズミ)」と「ラット(和名ドブネズミ)」の間では、いとも簡単にキメラができてしまいます。マウスからiPS細胞を作製し、ラットの受精卵(胚盤胞)に注入します。それをラットの子宮に戻す。そうすると生まれてくるラットは、全身にマウスとラットの細胞を持っているキメラ動物となります。逆も可能です。言ってみれば、我々人間の一部がゴリラの細胞になっているような状態です。

なるほど。では、そのキメラが再生医療に関係するわけですか?

はい、キメラがどう役立つかという話ですが、遺伝子の中で特定のものだけを潰して、人工的にある臓器だけをつくらせない技術が確立しています。例えば、膵臓をつくるのに最も重要なPdx1という遺伝子が欠損した状態でマウスを産ませると、膵臓だけが丸ごとないマウスが誕生します。この状態だと1週間以内には死んでしまいます。では、その膵臓ができない遺伝子改変マウスに、正常なラットのiPS細胞を入れたらどうなるでしょうか。膵臓だけが100%ラット細胞由来という異種間キメラが作成できるのです。これは作成した研究者によって胚盤胞補完法と名づけられました。この膵臓をラットに移植したところ、拒絶反応もなく正常に機能しました。では、これを人間に応用できるとすれば、どうなるでしょうか。

まさか、人間の臓器を動物の体内で育てられる...?

そうです。ラット-マウスのキメラと同様の方法で、膵臓ができない遺伝子改変ブタをつくり、そのブタの受精卵にヒトのiPS細胞を注入して、ブタの子宮に戻してやる。すると、ヒトの細胞でできた膵臓を持つブタが誕生するということが理論上可能となります。人間の臓器の大きさに近いという理由から、ブタを使っています。これを膵臓移植が必要な患者さんのiPS細胞で行うと、患者さんの細胞由来の膵臓ができますね。

移植医療で最大のネックとなっているのは拒絶反応です。拒絶反応とは移植時に免疫細胞による攻撃が起こることですが、本人の細胞でできた臓器ですので拒絶反応は起きにくいと予想されます。こうした「臓器工場」による臓器の作成と移植。これが今、iPS細胞を使った再生医療の最も野心的な目標になっています。

【動物を用いてヒトの臓器を再生する】患者から作成したiPS細胞→ブタの体内にヒトiPS細胞を移植→ブタの体内でiPS細胞由来の臓器が完成→ブタの体内で作成した患者の臓器を移植。この繰り返しイメージ

動物のからだを借りる臓器工場は、10年くらい前から多くの研究者たちの間で考えられていました。しかし、そもそもヒトの細胞はブタの体内に適応するのかという問題を抱えていました。ラット-マウスのように比較的近い種の場合はうまくいきます。両者は進化の歴史をみても600万年くらいしか離れていません。遠いように感じるでしょうが、生物の進化の中では非常に短い年数です。人間にとって遠い存在であるサルやネズミにヒトの細胞を入れても、なかなか馴染まない。私自身この実験は無数に行いましたが、実に困難でした。

しかし、ある時大きな進展がありました。培養液に着目し、培養条件を変えてみたのです。これまでの方法ではネズミの体内に入れたヒトiPS細胞は分化せずに残るか死ぬかでしたが、ある培養液に入れたヒトiPS細胞で実験すると、ネズミの体内でヒトiPS細胞が機能し、筋肉や神経の細胞をつくることができたのです。

これは、世界で初めて本研究室が成功した実験でした。この論文をイギリスの総合学術誌『ネイチャー(Nature)』に投稿したところ、大きく扱ってもらいました。ネズミで可能になったのなら、ブタの体内でも細胞の一部として育つのではないかという期待を持たせる結果となったのです。

岡村 大治 講師(近畿大学 農学部 動物発生工学研究室)

すごい!移植医療にとって飛躍的な進歩ですね!
では、ヒト-ブタのキメラもできそうでしょうか?

まだまだ問題はありますが、できます。先ほどのヒト-ネズミのキメラとは、また違う培養条件で成功しました。どの条件ならブタに適合するかという法則性がわからないままに進めざるを得なかったので相当時間がかかりました。しかし、ヒトとブタの細胞が混在可能ということは実証できました。課題は人間の細胞が含まれる割合が2%以下とまだ少ないこと。このパーセンテージを上げていかなければなりません。そのためには、こうすればできるという規則性を見い出す必要があります。それを何とかやり遂げるのが、私の大きな目標です。

岡村 大治 講師 研究風景

日本では最近、法律にも動きがありました。クローン技術規制法が2019年3月に改正され、動物にヒトの細胞を混ぜて子宮に戻し、その動物を産ませてもいいということになりました。あと5年後から10年後には、『移植医療に光明。ブタの体内でヒトの臓器がついに完成!』という見出しが新聞の一面を飾り、夢の臓器工場はそう遠くないうちに実現するでしょう。

iPS細胞についてよくわかりました。人間の臓器をつくるということは、そう簡単ではないのですね。

そうですね。そもそも、ヒトの臓器は何億もの数の細胞で構成されています。ですので、たとえiPS細胞を用いようとも、試験管の中で3次元的に臓器をつくれるという話ではありません。現在の技術では、それはとてつもなく難しいことです。だからこそキメラという発想が出てきたのかもしれません。

それでも現在、網膜やパーキンソン病に対するドーパミン神経細胞の移植など、iPS細胞を使った移植医療は実際に始まっています。iPS細胞から心臓の筋肉(心筋)細胞を作製し、シート状に加工して心臓病の患者さんに移植するという手術が国内で実施される見通しも立ちました。

近年、移植医療はさまざまな進展がありますが、一方でリスクも存在します。iPS細胞の特徴は未分化の細胞なので、神経でも網膜でも何にでもなれること。そしてもう一つは無限に増えていくこと。「無限に増える」と聞いて、なにか聞き覚えがありませんか?そう、「ガン」です。細胞は一度分化するとそれ以上は増えませんが、未分化な状態の細胞が一つでも残されていると分化を続け、ガン化してしまう恐れがあります。これがiPS細胞を使った移植医療における最大のリスクです。私の研究では、そのリスクを解消する手法も模索しており、未分化なiPS細胞だけにアプローチする方法を開発しつつあります。

私の研究のコンセプトは、iPS細胞を使った移植医療への貢献です。今まではドナーがいても拒絶反応で移植が困難でした。この研究を続けることで移植医療の世界に明るい光を灯せると信じています。

岡村 大治 講師(近畿大学 農学部 動物発生工学研究室)